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2016年12月23日金曜日

都市音楽としての『茜色の夕日』-ドラマ『プリンセスメゾン』[志村正彦LN145]

 NHKBSプレミアムで10/25~12/13の毎週火曜日に放送された「プレミアムよるドラマ」枠のドラマ『プリンセスメゾン』。11月15日の第4回「憧れのライフスタイル」で、フジファブリック『茜色の夕日』が挿入歌として流れた。ネットの情報で知り、再放送を見ることができた。

 原作は池辺葵という漫画家の作品だそうだ。NHKのサイトには、「女、26歳、居酒屋勤務、結婚の予定なし。でも、“家”を買います」というコピーがある。「沼越幸」(森川葵)が購入するマンションを探す姿に現代の女性が求めているものを描く。彼女は不動産会社の営業マン「伊達政一」(高橋一生)を中心に様々な人々と出会う。

 第4回のラスト近く、冒頭から24分過ぎ、沼越幸が務めている居酒屋のシーンで『茜色の夕日』が静かに流れ出す。伊達政一が沼越の働く姿を垣間見るとそのまま小路を歩きだす。その瞬間から音量が高くなり、志村正彦の声が画面を覆いつくす。

  君に伝えた情熱は呆れるほど情けないもので
  笑うのをこらえているよ 後で少し虚しくなった


 言葉の一つ一つが耳にしみこむ。
 伊達は自宅に戻りソファに座る。

  東京の空の星は見えないと聞かされていたけど
  見えないこともないんだな そんなことを思っていたんだ

 この歌詞に合わせて伊達が歌い出す。心に刻まれた『茜色の夕日』を自らの声で追いかけるように。「思い出すもの」がたくさんあるかのように。伝えられないものがたくさんあるかのように。
 志村正彦の声と伊達を演ずる高橋一生の声が、重なり合い、響き合う。その意外性、 不思議な感覚にひきつけられた。

 高橋一生はドラマや映画でしばしば見かけるが、五年前の冬、新宿の紀伊国屋ホールで演劇を見たことがある。鴻上尚史の「第三舞台」の封印解除&解散公演「深呼吸する惑星」だった。見た目通り少し線が細い感じだが、舞台に立つとなかなか存在感のある役者だった。

  高橋一生の演じる伊達の緊張感ある表情とやや暗い眼差し。池の水に対する恐怖症を感じさせるシーンなど、心に重く抱えているものがありながらも、誠実に礼儀正しく仕事にいそしむ。作中の人物設定は三十五歳のようだ。志村正彦が元気でいれば同じ位の年だ。(志村が会社員になっていたら、伊達のような表情で仕事をしていたのかもしれない、などというありえない空想をしてしまった)

 どのような演出の意図があって、『茜色の夕日』が挿入歌となったのかは分からないが、このドラマの文脈では、「東京の歌」として位置付けられているのは間違いない。都市生活者の都市音楽としての『茜色の夕日』。(この「都市音楽」という表現は、浜野サトル氏の著作『都市音楽ノート』の表題から使わせていただいている)ただし、地方からの出郷者が作る都市音楽、都市の歌なのだが。志村がそうであったように、作中の伊達も地方からの上京者という設定なのかもしれない。

 歌の主体は「少し思い出すものがありました』という語り口で歌い出す。今、東京で、生きている。その場と時から、かつて生きていた場、時へと回帰していく。
 志村正彦の描く風景、春夏秋冬の季節感、それは彼の故郷富士吉田、山梨に由来するものあることは確かだ。だが、そのままのものではなく、それらが一度失われたうえで、あらためて想い出されたもの、都市という場からの眼差しで再構築されたものだ。そのことが彼の歌の普遍性を支えている。望郷の歌、帰郷の歌、郷土性の高い歌とは一線を画している。

 明日12月24日は彼の命日である。今年も一週間の間、彼の生まれ育った富士吉田で『茜色の夕日』が夕方5時のチャイムの曲となる。
 今日は昨夜からの雨が上がったが、風がすごく強い。
 『茜色の夕日』は、故郷の風に吹かれているのだろうか。

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