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2016年8月28日日曜日

ペソアの言葉―『虹』2 [志村正彦LN137]

 前回、志村正彦はおそらく実際に見たこと、感じたことを言葉にしていると書いた。「虹が空で曲がってる」は、現実であり実感である「実」の風景であろう。

 五月から七月にかけて、ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアを巡る旅のエッセイを十回にわたり書いた。志村正彦のことも念頭にあったからだ。
 ここで詩人の在り方についてのペソアの言葉を引用したい。彼が遺したテクストの中でも最も有名なもので、ペソアに関するwebやbotでもよく引用されている。

一流の詩人は自分が実際に感じることを言い、二流の詩人は自分が感じようと思ったことを言い、三流の詩人は自分が感じねばならぬと思い込んでいることを言う。
 
(『偶然任せのノート』「南東」誌 1935年11月、訳・澤田直、『ペソア詩集』思潮社2008年8月)

  「一流」「二流」「三流」という区分はともかくとして、詩人の感性とその表現に関するこれほど的確で辛辣な表現を他に知らない。「実際に感じること」ではなく「感じようと思ったこと」「感じねばならぬと思い込んでいること」を表現したものは、詩ではなく詩のようなものであるにすぎない。感じることがそのものではなく、それに対する願望や義務などの計らいと化してはならない。続く箇所にはこうある。

多くのひとはただ習慣に従って物事を感じるのであり、それは人間的誠実さという点からすれば全くもって誠実だ。しかし、彼らはいかなる度合においても知的誠実さをもって感じてはいない。ところが詩人において重要なのはこの知的誠実さなのだ。  (同上)

 人間的な誠実さと知的な誠実さ。習慣化した見方は人間的には誠実であっても、詩人としては誠実ではない。詩人の知的誠実とは「自分が実際に感じること」を表現することにある。
 このペソアの主張と接続させてみたい志村正彦の発言がある。『音楽とことば ~あの人はどうやって歌詞を書いているのか~』(企画編集・江森丈晃、ブルース・インターアクションズ2009年3月)で彼はこう述べている。

歌詞というのは、どんなものでも、何を書いてもいいものではあるんだけど、実は、なんでもよくはない。そこにリアルなもの、本当の気持ちが込められていなければ、誰の気持ちにも響いてくれないと思うんです。

 「リアルなもの」「本当の気持ち」が歌詞に込められていなければ誰にも響かないという志村の言葉は、ペソアの「実際に感じること」に通底する。詩や歌詞を読んだり聴いたりしていて、そこで表現されている核心に「実」が感じられないことがある。作り物めいた感じ、借り物めいた感じと言えばいいだろうか。詩や歌詞を「作る」ことに性急で、志村の言う「リアルなもの」が伴っていない。詩人の「実」がない。文字通り、不実だ。そのような虚ろな歌が日本語ロックの世界にも多い。

 志村の場合、作り物めいた不自然さを感じることはない。彼の言う通り、「リアルなもの」が彼の詩の核心にある。もちろん彼の表現が実際に感じたことに基づいているのかがどうかは確かめようもないが、言葉と言葉とのつながり方がとても自然であり、時には突飛なほどの飛躍や不自然とも感じられるような転換があるが、それを含めて、深い現実感がある。言葉の現れ方がリアルであり、言葉の配列にある種の動かしがたい必然性がある。

 『虹』の冒頭「週末 雨上がって 虹が空で曲がってる」も、第二連の「週末 雨上がって 街が生まれ変わってく」も、詩人が実際に見たこと、リアルな風景を描いている。「リアルなもの」が彼の歌の源泉にある。彼の歌を「詩」に限りなく近づけている。

2 件のコメント:

  1. 初めまして。
    最近フジファブリックを知りました。

    フジファブリックの虹はとても深い歌詞がとても素敵です。
    志村さんの歌詞を考察していてこの虹は「!」がとても多いので聞いて欲しくなりました。

    実は虹が空で曲がってるという表現は実は普通に聞き逃してしまい、私の気には止まりませんでした。

    私が好きで引っかかった言葉は
    「言わなくてもいいことを言いたい」です。

    これはスゴイ!
    私も言いたいことを言わずに我慢したことがたくさんあってこの歌詞はとても刺さりました。
    なぜ志村さんは私の心がわかったのだろう?
    現実であり実感である「実」の風景だと思います。
    まさにリアルです。

    もう一つの好きなところがサンダーバードです。
    これが深いんです。

    「夢はサンダーバードで/ニュージャージーを超えて/オゾンの穴を通り抜けたい」

    このサンダーバードって何を指している?
    これがとても気になります。

    a)イギリスで製作された人形劇特撮のSFテレビ番組。
    b)アメリカインディアンの伝説や神話に登場する想像上の鳥。
    c)フォード社が1955年から製造している高級スポーツカー。

    全てそのあとのオゾンの穴につながります。

    私はサンダーバードと言えば年齢的にSFテレビ番組が真っ先に頭に浮かびます。登場するのは超音速のジェット機だからです。

    でもクルマのサンダーバードでも意味は通じます。

    伝説の鳥はアメリカインディアンの伝説のことがわかっていないと頭に浮かびませんよね。

    列車のサンダーバードも浮かびましたがオゾンの穴につながらないため脚下しました。

    志村さんの頭はどうなっているのでしょうね。
    ダブル、トリプルの意味を込めてあって答えがわからないもどかしさが
    虹が曲がってるに匹敵する表現の素敵な歌詞と思います。

    お読みいただきありがとうございました。

    jpmxb764

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  2. コメントありがとうございました。迂闊なことに今日気づきました。四ヶ月近く経てからの返信となり申し訳ありませんでした。
    「虹が空で曲がってる」という表現は僕も聞き逃していたのですが、あるとき突然、この言葉に立ち止まってしまいました。それからペソアの言葉をヒントにして考えたのがこの文です。志村さんの歌詞には突如として視界が開けてくることがあります。
    「サンダーバード」の考察はとても興味深かったです。僕も自分の年齢から「a)イギリスで製作された人形劇特撮のSFテレビ番組」のサンダーバードだと思い込んでいましたが、他の可能性もあるのですね。ご指摘の通り、「ダブル、トリプルの意味を込めてあって答えがわからないもどかしさ」がぐるぐると「曲がってる」ような歌が『虹』ですね。さらにもっともっと、七色の意味が込められているのかもしれません。

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