メジャー1stCD『フジファブリック』は、2004年11月10日にリリースされた。「志村正彦ライナーノーツ」は、曲単位で論じるのが基本だが、CD単位で論じてみると異なる風景が広がってくるかもしれないと考え、昨年の11月10日(1stCD9周年の日)から、1stCD『フジファブリック』を巡る考察を断続的に掲載してきた。
今回は久しぶりにCD『フジファブリック』について論じたい。前回から5ヶ月の空白がある。参考までに、1~6回の掲載日とテーマを掲げる。
2013年11月10日 ないものねだりの空想-CD『フジファブリック』1 [志村正彦LN 56]
2013年11月17日 「レコード持って」-CD『フジファブリック』2 [志村正彦LN 57]
2013年12月8日 アルバムのテーマ-CD『フジファブリック』3 [志村正彦LN 61]
2013年12月14日 「聴いた人がいろんな風に受け取れるもの」-CD『フジファブリック』4[志村正彦 LN63]
2014年2月9日 手紙-CD『フジファブリック』5 [志村正彦 LN70]
2014年3月16日 「桜が枯れた頃」 -CD『フジファブリック』6 [志村正彦LN73]
CD『フジファブリック』は多面体だ。このアルバムは、『桜の季節』『陽炎』『赤黄色の金木犀』と続く、独創的な「四季盤」の楽曲、『TAIFU』『追ってけ追ってけ』『打上げ花火』『TOKYO MIDNIGHT』そして『サボテンレコード』へと展開していく、プログレッシブ・ロックを中心とするクラシック・ロック、ファンクからラテンまで広がる音楽の系譜、『花』『夜汽車』に濃厚に伝わるフォーク音楽の感触など、極めて多様な音楽から成り立っている。多面体ではあるが、多面性に分裂しているわけではない。核には、「フジファブリック」と名付けるしかない音楽がある。
歌詞の言葉も多面体を形成している。歌の主体そして作者の志村正彦という存在に対して、ある面から見る像と他の面から見る像とは異なる。複数の志村正彦が多面体の鏡面に写し出されている。
しかしまた、その多面体を横断していくと、反復しつつ緩やかに変化し、再び重なりゆく言葉の群に遭遇することもある。
アルバム『フジファブリック』には、例えば、次のような言葉の群がある。
その町に くりだしてみるのもいい
桜が枯れた頃 桜が枯れた頃 [桜の季節]
想像に乗ってゆけ もっと足早に先へ進め [TAIFU]
やんでた雨に気付いて 慌てて家を飛び出して [陽炎]
飛び出すのは 時間の問題さ [追ってけ追ってけ]
かばんの中は無限に広がって
何処にでも行ける そんな気がしていた [花]
ならば全てを捨てて あなたを連れて行こう
今夜 荷物まとめて あなたを連れて行こう [サボテンレコード]
僕は残りの月にする事を
決めて歩くスピードを上げた [赤黄色の金木犀]
長いトンネルを抜ける 見知らぬ街を進む
夜は更けていく 明かりは徐々に少なくなる [夜汽車]
歌詞の中から、動詞による表現を抜き出してみよう。
くりだす[桜の季節]、乗ってゆく・先へ進む[TAIFU]、(家を)飛び出す[陽炎]、飛び出す[追ってけ追ってけ]、(何処にでも)行く[花]、(連れて)行く[サボテンレコード]、歩く(スピード)[赤黄色の金木犀]、(街を)進む [夜汽車]。動詞が志村正彦の詩的世界の中心を形成している。
行く、歩く、進む、飛び出す、乗ってゆく、くりだす。
各々の詩的世界の差異を超えて、ある地点からある地点へと移動する、ある場からある場へと通り抜けていくというモチーフが貫かれている。場所は、故郷の路地裏であったり、都会の街路であったり、時間も、現在進行形であったり、回想であったりする。
具体的な引用を省いて、結論だけ述べるが、欧米から日本のロックまで、その歌詞の中心に、《こちら側から向こう側の世界へと通り抜けていく》というテーマがある。「旅」であれ「脱出」であれ、繰り返し繰り返し、向こう側へと通り抜けていく。今日、それは「ロックの幻想」として片づけられてしまうかもしれないが、「幻想」は「幻想」ゆえの現実感をいまだ保ち続けている。「幻想」から「幻想」へと通り抜けていくのも、ひとつの「現実」であるかのように。
アルバム『フジファブリック』で志村正彦が表現した世界を、もう少し微細に眺めてみよう。彼の描くのは、作品内の現実の出来事であったり純粋な想像の出来事であったりする。出来事の虚実も多様だ。
それは、「桜が枯れた頃」という奇妙な季節に「くりだしてみる」「のもいい」と語られるような《未来》の出来事であり、現在の〈僕〉の「胸を締めつける」《残像》の中の世界であり、「想像に乗ってゆけ」という文字通り《想像》の姿であり、「何処にでも行ける」という可能性の《予感》であり、「連れて行こう」という《今だ実行されていないこと》への決意である。
志村正彦は何処から何処へと通り抜けようとしていたのだろうか。
(この項続く)
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