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2018年10月13日土曜日

10月7日山中湖、Mt.FUJIMAKI 2018。

 先週の日曜日、10月7日(日)、「山中湖交流プラザきらら」で開催の「Mt.FUJIMAKI 2018」に行ってきた。山梨県御坂町(現・笛吹市)出身の藤巻亮太が企画し、同郷の宮沢和史や音楽仲間たちに呼びかけて実現したフェスだ。台風が心配されていたが、関東地方はすでに通り過ぎていて、夏が戻ってきたような暑さの中のドライブとなった。

 会場へ向かう途中、富士吉田で「ハタオリマチフェスティバル2018」が開催中だったので寄ることにした。富士吉田は「織物」、ファブリックの街。その地域の魅力を伝えるフェスティバルで、織物や様々なグッズの店、食べ物屋、ワークショップやライブなどのイベントが開かれていた。



 十時過ぎに会場の下吉田に到着。本町通りから路地裏の方を通って小室浅間神社、市立第一小学校と歩いていった。ここは志村正彦が生まれて育った場所。フジファブリック『陽炎』の舞台ともなった。

  あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ
  英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ

  また そうこうしているうち次から次へと浮かんだ
  残像が 胸を締めつける

      (『陽炎』作詞・作曲:志村正彦)

 数年ぶりにこの界隈を歩いたのだが、路地裏はさらに時の経過に置き去りにされているようだった。この日は「ハタフェス」で表通りが華やかだった分よけいにそう感じたのかもしれない。

 カフェのリトルロボットでランチ。この日は北杜市のSUN.DAYS.FOODと甲府市のNODOによるコラボショップだった。北杜と甲府の店が吉田で臨時オープン。街のフェスらしい趣向で良い試みだ。洋風のお好み焼きと特製のジンジャーエールが美味しかった。
 三年前にここで佐々木健太郎&下岡晃(analogfish)のライブが開かれた。下岡晃は『茜色の夕日』の弾き語りをした。歌い終わるとぼそっと「いい歌だね」と呟いた。そんなことを思い出した。

 吉田を後にして、忍野を経由する。花の都公園の花々が美しい。十二時半、大渋滞を通り抜けやっと山中湖きららに到着。車を降りると真夏のような日差しが降り注いでいた。富士山は向かって左側が雲に隠れていたがその悠然とした姿を現していた。まだ夏の富士だ。



 会場の「イスシートエリア」に入り、持ち込んだ小さな折りたたみイスに腰掛けた。夏のフェスなんで十数年ぶりのこと。なんだか落ち着かない気分だ。見渡すと会場にはざっと四千人から五千人くらいの人が集っていた(正式な数は知らない)。山梨出身やゆかりの音楽家が中心のフェスだからなんとか成功してほしいと思っていたが、動員的には大成功だろう。



 一時過ぎにスタート。オープニングは藤巻亮太が一人でステージに立った。アコースティックギターを奏で歌い始めたのは「粉雪」。この曲は山中湖のスタジオで録音されたそうだ。この場にふさわしい幕開けとなった。

  粉雪舞う季節は いつもすれ違い
  人混みにまぎれても 同じ空見てるのに
  風に吹かれて 似たように凍えるのに
     …
  粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら
  二人の 孤独を分け合う事が出来たのかい

      (『粉雪』作詞・作曲:藤巻亮太 )

 彼の声が微風に乗って大空へとどこまでも伸びていく。力強くしかも微妙に揺れるような声が粉雪のようにして聴き手に舞い降りてくる。この歌を聴くだけでもここに来た甲斐があった。そう思わせるのに十分な出来映えだった。

 ゲストの一番目は和田唱(TRICERATOPS)。 ファースト・ソロ・アルバム(10月24日発売)収録の『1975』を披露。歌詞を追いかけると、彼の故郷である東京を舞台とする歌だった。発売されたら音源を聴いてみたい。彼は「フジフジ富士Q」で『陽炎』を歌った。志村正彦の良き理解者であった。
 二番目が浜崎貴司(FLYING KIDS)。もう三十年となるキャリアにふさわしい貫禄と余裕の歌いぶりだった。『風の吹き抜ける場所へ』が心地よかった。
 三番目に山内総一郎(フジファブリック)が登場。フジファブリックの故郷は山梨だと発言したが、志村正彦という固有名詞への言及はなかった。エレクトリック・ギターを奏でながらで新曲『Water Lily Flower』を歌った。自らエレキで伴奏するアレンジには工夫があった。
 和田唱、浜崎貴司、山内総一郎は藤巻亮太と共にレミオロメンの曲も歌った。藤巻亮太BANDは、Gt岡 聡志、Ba御供信弘、Dr河村吉宏、Key皆川真人、Pf桑原あい。曲によって弦楽四重奏も加わった。

 藤巻とアルピニストの野口健とのトーク・タイムを経て、四番目にASIAN KUNG-FU GENERATIONが登場。この日唯一のバンドとしての出演だった。非常によくコントロールされたサウンドが美しく、グルーブ感も抜群だ。バンドサウンドとしての完成度が高い。後藤正文はレミオロメンと共演した時『雨上がり』を聴いて感嘆したと語った。同世代のバンドとしての強い連帯感もあったのだろう。
 五番目、ゲストとしての最後に宮沢和史が登場。言うまでもないが、山梨県甲府市出身の音楽家だ。THE BOOM『星のラブレター』『世界でいちばん美しい島』そして『中央線』。三つとも故郷の山梨を舞台や主題とする歌である。最後に山梨で結成されたエイサーグループを入れてバンドサウンドで『島唄』を演奏した。どれも素晴らしく、この日の出演者の中では彼の歌がベストパフォーマンスだったと思う。中でも『中央線』が染み込んできた。特に山梨から東京へと上京した者にとっては、心の深いところへ入り込んでくる歌だ。

  逃げ出した猫を 探しに出たまま
  もう二度と君は 帰ってこなかった
  今頃君は どこか居心地のいい
  町をみつけて 猫と暮らしてるんだね

  走り出せ 中央線
  夜を越え 僕をのせて

      (『中央線』作詞・作曲:宮沢和史)

 最後に、藤巻亮太と彼のBANDが登場。ヴァンフォーレ甲府の創立50周年アンセム『ゆらせ』では観客も青色のタオルを揺らせて一体感が高まった。エンディングはMt.FUJIMAKIのテーマ曲『Summer Swing』。十月であるにもかかわらず、この日は夏の終わりを思わせる気候だったので、歌詞がこの日のこの場の雰囲気に合っていた。
 エンディングは出演者全員がステージに集まった。マイクをバトンタッチしながら『3月9日』が歌われる。ややぎこちないその様子が手作り感のあるこのフェスらしかった。湖畔は夕暮れを迎えていた。

 山中湖で開催の「Mt.Fujimaki 2018」。「山梨愛」「故郷愛」にあふれる素晴らしいフェスティバルだった。会場の雰囲気も山中湖という場も富士山という風景もとても良かった。それはそうなのだが、
 藤巻亮太がいて、宮沢和史がいる。でも志村正彦はいない。
 どうしてもそう感じてしまう自分がいた。
 彼が健在であればおそらくこのステージに立っていたことだろう。宮沢和史、藤巻亮太、志村正彦という山梨で生まれた三人は、もちろん山梨という場に限定されない、日本語ロックを代表する音楽家、詩人である。そうではあるが、大月で生まれ甲府で育った僕にとってこの三人は、甲府の宮沢、御坂の藤巻、吉田の志村でもある。この三人の共演は、かなえられない夢想として、いつまでもあり続ける。

 「Mt.Fujimaki 2018」の成功は心から祝福したい。そのこととは無関係であり別次元のことだが、志村正彦の不在という現実をつきつけられた。書いてもしかたのないこと、書くべきではないことかもしれないが、そのままここに、その想いを書きとめておきたい。


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