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2013年4月7日日曜日

『ペダル』3 尽きない魅力 (志村正彦LN14)

   『ペダル』の第2ブロックが終わると、曲がフェードアウトしそうな雰囲気になるが、それを裏切り、50秒ほどの長い間奏の後で、これまでの流れとはまったく異なる出来事が唐突に語られる。第3ブロックの追加だ。ひそやかなつぶやきのような声で歌われるこのフレーズは、手紙で言えば「追伸」のような部分にあたるのだろう。

  そういえばいつか語ってくれた話の
  続きはこの間 人から聞いてしまったよ


 ここには、一人称の話者である「僕」、「僕」に対して「いつか語ってくれた話」をした直接の相手である二人称の存在、「僕」がその話の「続き」を「この間」「聞いてしまった」相手である三人称の「人」、という三人の人間が登場する。しかし、この三者の関係は分からない。

 聴き手にとって特に、「僕」と二人称の相手との関係と交わされた話がとても気になる。この二人は男と女なのか、あるいは男と男なのか。どのような関係なのか。「話」とその「続き」とはどのような内容なのか。聴き手にはそれを知りたいという欲望があるにもかかわらず、作者は当然のように、それを謎のままにしておく。聴き手はその謎、空白の中に置き去りにされたような気持ちになるが、想像を広げていくことで、自分自身で物語、ショートストーリーを作るようにして、歌の物語を補填していけばよいのかもしれない。

 それにしても、移動する「僕」と「花」や「飛行機雲」を始めとする風景との遭遇だけで歌が完結した方がきれいにまとまるにも関わらず、最後になって人間的な世界が介入してくるのはなぜだろうか。三人の人間が関わるこの部分も「消えないでよ」のモチーフとつながっているのだろうか。「僕」は「いつか語ってくれた話」をした相手から、その「続き」を聞きたかったのだろうか。

 そうであれば、もうその話は「人」から聞いてしまったので、その相手から聞くという経験そのものは消えてしまったことになる。二人の間で交わされるはずだった出来事が消えないでほしかったことなのか。もう少し踏み込むなら、この二人が語り合う時や場、この二人の関係そのものが、「消えないでよ」と願う対象だと考えられるのだろうか。歌詞の言葉からはなかなか手がかりが見つけられない。やはり、追伸のような形で述べられるこの第3ブロックの意味と「消えないでよ」のモチーフとの関連はよく分からない。分からないことは分からないままに、空白は空白のままに、歌を愉しむのが、志村正彦の歌を享受するあり方かもしれない。

 志村正彦の歩行のリズムを身体に感じながら、問いが答えとして完結しない、不思議な感覚にあふれた言葉を読み、静かにそして次第に激しく旋回していくような浮遊感を持つ、美しく構築された楽曲を味わう。それが『ペダル』の尽きない魅力である。
 この歌は、2008年1月発売の『TEENAGER』の冒頭に収められた。このメジャー3作目のアルバムはいろいろな意味で、志村正彦とフジファブリックにとって転機となった作品である。

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