11月15日谷崎潤一郎「母を恋うる記」(甲府文と芸の会第2回公演)

右下の《申込フォーム》から一回につき一名お申し込みできます。名前欄に〈氏名〉、メール欄に〈電子メールアドレス〉、メッセージ欄に〈11月15日公演〉とそれぞれ記入して、送信ボタンをクリックしてください。(三つの欄のすべてに記入しないと送信できません)申し込み後3日以内に受付に関するメールを返信します。《申込フォーム》での申し込みができない場合やメールアドレスをお持ちでない場合は、チラシ画像に記載の番号へ電話でお申し込みください。  *申込者の皆様のメールアドレスは、本公演に関する連絡および今後の当会の公演案内のみに利用することをご了承ください。それ以外の利用は一切いたしません。
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2026年9月13日日曜日

8月の演劇、8月の追憶。早稲田大学合唱団「若者のすべて」

 9月に入り、長雨というか大雨が続く。被害も甚大だ。これから天候がどうなっていくのか。そんな不安が日常のものとなる。

 8月はもう去ってしまったが、演劇や合唱の公演を四つ見ることができた。今日はそのことを振り返りたい。


 8月8日、甲府の朝日町ベース。劇団ナマクラの第2回公演『パーマメント』。

 主宰者の仙河典(せんがつかさ)さんは山梨英和大学の私のゼミ生。演劇の脚本を卒業制作にする予定だ。今回の脚本についても事前に助言を求められたので、テーマやモチーフの展開や統一性についていくつかアドバイスをした。

 『パーマメント』には悩める女性「ハジメ」、契約社員の天使「モモセ」、二人が住むアパートの大家、アラフォー世代の「レイ」の3人の女性が登場する。「愛」をめぐるテーマに真っ向から向き合った劇である。

 当日は二回公演。あいにく雨模様だったが、会場のある朝日町通りを歩いて夕方の部に行った。この通りは甲府の中心街から少し離れたところにあり、周囲にも路地裏の感じがある。THE BOOMの「星のラブレター」で「朝日通りは夕飯時」と歌われた場所でもある。僕は小学生の頃までこの近くで暮らしていたので思い出がたくさんある通りだ。

 会場はコンパクトなレンタルスペース。二十数人いた観客と役者との距離が近い。脚本完成から公演までの時間が短くて準備が大変だったようだが、その割には仙河さんの脚本を三人の役者が的確に演じていた。観客も次第に劇の世界に引き込まれていった。演技の動きや身体の振りをもっと工夫し、脚本の完成度をさらに高めれば、今日の愛についての深い問いを投げかける作品になるだろう。


 8月20日、新宿の紀伊國屋ホール。第三舞台2026の『パレイドリア』。

 鴻上尚史の主宰する第三舞台が2012年の解散から15年を経て、2026年に再集結したメンバーによるユニット公演。僕は解散公演の『深呼吸する惑星』を見ていたのでそれ以来の第三舞台だった。

 鴻上が早稲田の学生の時、第三舞台を結成したのは有名な話だ。その当時僕も早稲田に通っていた。いくつも劇団があり、文学部のスロープに立て看板がいつも並んでいた。大隈講堂の裏のテントで芝居を見たこともある。暗いテントの中で役者が全速で走り回っていた記憶だけがある(第三舞台でなかったことだけは確かだが)。

 『パレイドリア』は、大学の児童ボランティアサークルで子ども向けの芝居を準備していたが、ある出来事が起こり、公演が中止となった。それから42年後。認知症になった「乾(大高洋夫)」が再結集を呼びかけ、かつての仲間たち(小須田康人、長野里美、山下裕子、筒井真理子[映像])が再び集まる。皆、六十代だ。観客も同世代か少し下の世代が多かったが、若者もけっこういた。

 学生時代から現在までの四十数年の時間。現実の第三舞台と虚構の児童ボランティアサークルというメタ的な構造。このような時間と構造を通して、学生時代の出来事に焦点が当てられ、劇の主題が明らかにされてゆく。ラストシーンが秀逸だった。思わず落涙。これまで見た演劇の中で最も感動した場面だと言える。時間、構造、主題が絡み合って、僕自身の学生時代から今日までの軌跡をいろいろと想い出していた。鴻上尚史という同世代の優れた表現者がいることは心強い。

 今後も、新潟、愛媛、北九州での公演が予定されている。WEBでの当日券予約があるかもしれないので、関心のある方には強く勧めます。  


 8月22日、甲府のYCC県民文化ホール小ホール。第64回早稲田大学合唱団サマーコンサートin甲府。

 早稲田の合唱団は最初に校歌を歌った。「都の西北 早稲田の森に 聳ゆる甍は われらが母校」。一番は斉唱風に二番は合唱風にとアレンジが工夫され、学生たちの声が会場に美しく広がっていった。この校歌を聴くと学生の頃にタイムスリップする。日本文学専攻の宴会の最後では必ず、学生と教授が肩を組んで歌った。

 近現代詩をモチーフにした合唱曲、「愛は勝つ」などのJポップの名曲が歌われた後、山梨とのコラボステージ「よっちゃばれ!みんなで彩るハーモニー」で、地元のシャンソン歌手小倉浩二氏、山梨の和太鼓団体、山梨英和大学演劇部の寸劇が行われた。僕のゼミ学生がこの寸劇の脚本・演出を手がけ、自ら出演もした。武田信玄の合戦をめぐって平和を考えるというモチーフだった。

 この後、早稲田大学合唱団とコラボステージの出演者が舞台に上がって歌い始めた。志村正彦・フジファブリックの「若者のすべて」だった。百人近い人々が声を合わせて「真夏のピークが去った」と歌っていく。季節感がぴったりだった。早稲田の合唱団は直前合宿でしっかりと練習してきたようでハーモニーがとても綺麗だった。「ないかな ないよな きっとね いないよな 会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ」のところで僕の胸はいっぱいになった。まぶたを閉じることで浮かんでくるものがある。

 公演終了後、学生に「若者のすべて」を選んだ理由を尋ねると山梨出身のフジファブリックの歌だったからと答えてくれた。それでも、THE BOOMもレミオロメンもマカロニえんぴつもいるなかでなぜこの歌だったのかとも思ったのだが、数日後その答えが分かった。寸劇を担当したゼミ学生にこの話題を向けたところ、三ヶ月ほど前の打ち合わせの際に早稲田の学生からコラボステージで山梨ゆかりの曲のどれがおすすめかと聞かれたときに、彼が「若者のすべて」を推薦したそうである。このゼミ生に感謝した(なんと先生思いの学生だろう!)。

 なお、12月27日(日)に所沢市民文化センターミューズアークホールで第71回定期演奏会が開催される予定である。


 8月23日、甲州市の市民文化会館。劇作家の水木亮さんが脚本と演出を手がけた演劇「別れの日」。80代、90代を含む17人のアマチュアからなるユニットだった。

 物語は、東京大空襲で家族を失い、甲府の親類に引き取られた主人公テルが遊郭で身を売りながらシベリアに抑留された兄の帰りを待つ姿を中心に、戦後復興期の山梨の女性たちを描いていた。戦後、水木さん自身が朝鮮半島から引き上げて日本に帰国した。その際に弟を亡くしている。この過酷な経験が創作の原点となっている。水木さんは、現在の政治が戦前に戻りつつあり、ささやかではあるがあらがいたいと考えたそうである。

 会場には260人ほどが集まり、1時間20分ほどの劇を熱心に見ていた。高齢者が多かったが、家族連れもいた。子どもたちには難しかったかもしれないが、何かは伝わったことだろう。

 水木さんは早稲田の文学部で日本文学、大学院で演劇を専攻し、民俗芸能を研究していた。山梨の高校教師となり、長い間、高校演劇の指導に携わった。自ら劇団も作り、脚本や小説も執筆し、著書も多い。作品は織田作之助賞、農民文学賞、労働者文学賞などを受賞している。八十歳を超えた現在でも山梨の演劇の中心人物として活躍している。

 公演の告知をしたい。11月22日(日)14時から山梨県北杜市須玉町の須玉ふれあい館ホールで水木さん脚本・演出の演劇『看護はひとつ 命の灯』が開催される。北杜市出身で看護師・保健師・助産師の統一組織「山梨県看護協会」を設立した平井とみじを主人公に据えた物語である。


 八月はたまたま、鴻上尚史の第三舞台2026、早稲田大学合唱団、水木亮のユニットと、早稲田大学の卒業生や在学生の演劇や合唱を鑑賞することができた。山梨英和大学の僕のゼミ生の演劇も見ることができた。

 四十数年前、追憶の中の学生たち。今、教員として接する学生たち。

 時代は変わるが、学生の本質は変わらない。

 表現の衝動。創作の熱意。孤独と連帯。若者のすべてがそこにある。


2026年8月10日月曜日

「若者のすべて」のターニングポイント 4600枚から1億回を超えて[志村正彦LN388]

 8月6日放送のTBS『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』第27回で注目したのは、「若者のすべて」の2007年発売当初の売り上げ枚数が約4600枚(オリコン調べ)という数字が示されたことだ。

 これは初めて知る数字だった。この点に関して生成AIのGoogle Geminiに質問した。その回答を示したい。


フジファブリック「若者のすべて」(2007年11月7日発売)のシングルCDは、発売当時はオリコン週間チャートで最高30位を記録しました。(ORICON NEWS)

当時の音楽市場やインディーズからメジャーにかけての推移、またオリコンの週間TOP200圏内への登場週数が3週であったことなどから、発売時の初動売上および当時の累計売上はおよそ数千枚〜1万枚程度(一般的に当時のオリコン30位前後の初動は数千枚規模)と推測されます。

発売当時は大ヒットチャートのトップを飾るような爆発的なセールスを記録したわけではありませんでしたが、その後、多くのアーティストによるカバーや音楽教科書への掲載、CMや映画での起用、そして近年ではストリーミング再生が1億回を突破するなど、時代を越えて日本の「夏の終わりを告げるアンセム」として広く深く愛され続けています。


 この回答は〈数千枚〜1万枚程度〉という推測であり、〈約4600枚〉という数字が示されたわけではなかったが、おおむね同程度の数字である。この数字をどう評価するか、Geminiにさらに質問した。その回答。


当時のインディーズ~ミドル層バンドを取り巻く状況:フジファブリックは2004年にメジャーデビューを果たしていましたが、当時のインディーズおよびミドル層のロックバンドがシングルCDをリリースした際の実態は次のようなものでした。

・プロモーションと流通の限界: 現在のようにサブスクリプションによるバイラルヒット(SNSを起点とした拡散)が存在しない時代、楽曲が広く知られる主要なルートは「ラジオのパワープレイ」「音楽番組」「タイアップ」などに限定されていました。

・固定ファンと一般層のギャップ: ライブ動員力や音楽ファンの間での高い評価(批評的な評価)と、一般大衆によるCDの購買行動が必ずしも直結していませんでした。そのため、コアファン層が発売初週に購入した分が初動のメインとなり、数千枚規模の売上着地となるのが標準的なモデルでした。

このように、「30位前後で数千枚」という数字は、CDパッケージの需要がシュリンクしていた2007年当時の市場構造において、中堅・実力派ロックバンドのシングルが記録する現実的かつ典型的なスケールを示しています。


  2007年当時のフジファブリックは、Geminiが言うように〈ライブ動員力や音楽ファンの間での高い評価〉があったが、まだまだ〈コアファン層〉が支持するバンドだったのだろう。約4600枚という当時の数字は妥当なものかもしれない。


 さらに、〈近年ではストリーミング再生が1億回を突破する〉という点の根拠についてGeminiに質問したところ、次のデータが示された。


  達成データ概要

・発表日: 2024年11月20日(オリコン発表)  

・対象ランキング: オリコン週間ストリーミングランキング(2024年11月25日付、集計期間:2024年11月11日〜11月17日)  

・記録: 累積再生数 100,199,177回(約1億19.9万回)を記録し、自身初となるストリーミング1億回再生を達成。  

・週間の状況: 当該週の週間再生数は 764,123回 を記録。  

 2007年のシングル発売から長きにわたって愛され続け、配信開始以降も多くのリスナーに聴かれ続けたことで、発売から17年を経てストリーミング総再生数1億回の大台に到達しました。


 つまり、2007年11月「若者のすべて」リリース時のCD売上枚数の約4600枚だったが、2024年11月にはストリーミング再生回数1億回を超えたことになる。CD売上枚数とストリーミング再生回数は同列では比較できないが、数値として単純化すると4600から100,000,000を超える数に上昇した。現在もさらにその数を伸ばしていることだろう。 

  志村正彦は、「Talking Rock!」2008年2月号のインタビュー(文・吉川尚宏氏)で、『若者のすべて』について、歌詞のテーマ、制作の過程、リリース後の状況についてこう述べている。


“○○だぜ! オレはオレだぜ!”みたいなことを言うと、今の時代は、微妙だと思うんですよ。だけど、“ないかな/ないよな”という言葉から膨らませると、この曲は化けるかもしれない! そう思って制作を再スタートさせて、精魂込めて作った曲なんだけど………なんていうか……こう……自分の中で、達成感もあるし、ターニングポイントであることには間違いないんです。すべてに気持ちを込めたし、だから、よし!と思ってリリースしたんだけど、結果として、意外と伝わってないというか……正直、その現状に、悔しいものがあるというか…


 TBSの番組でも「グッとフレーズ」とされた“ないかな/ないよな”の部分が、この歌詞の中心にあることが分かる。志村はこのフレーズを含む歌詞に達成感を感じ、フジファブリックとしての「ターニングポイント」となる曲だと認識していたが、この作品が意外と伝わってない当時の状況に悔しさを抱いていたようである。


 2007年11月の「若者のすべて」リリースからすでに19年が経つ。

 この年月を振り返ると、当時の志村正彦・フジファブリックのコアファンに加えて、TBS番組の指摘したような大物アーティストたち、ロックやポップスのファン、一般の音楽ファンと多様な聴き手に広がっていった軌跡が見えてくる。要するに、聴き手を限定しない、普遍性のある歌として人々に聴かれ、そして愛されたきた。

 そのような意味で時のゆるやかな流れと共にではあるが、志村自身が確信していたように、「若者のすべて」は、作品のきわめて高い完成度と共に、志村正彦・フジファブリックの知名度を格段に上げ、日本語ロックの歴史に残る傑作という点において、まさしく「ターニングポイント」となった作品である。


2026年8月9日日曜日

「若者のすべて」第9位 『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』第27弾[志村正彦LN387]

  8月6日、TBSの歌詞特化型音楽番組第27回『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』3時間スペシャルが放送された。今回は「夏に心をアツくさせてくれるグッとフレーズ」!というテーマで1万人が選ぶ珠玉のグッとフレーズTOP30が選ばれた。

 この番組の夏歌の特集ではここ数年、志村正彦・フジファブリックの「若者のすべて」がランクインしているので、今回はどうなるのかという関心があった。

 結果は9位だった。10位までは次の通りである。

第1位:真夏の果実 サザンオールスターズ
第2位:青と夏 Mrs. GREEN APPLE
第3位:夏色 ゆず
第4位:真夏の夜の夢 松任谷由実
第5位:シーズン・イン・ザ・サン TUBE
第6位:波乗りジョニー 桑田佳祐
第7位:青い車 スピッツ
第8位:夏の日の1993 class
第9位:若者のすべて フジファブリック
第10位:飛行艇 King Gnu

 「真夏の果実」サザンオールスターズ、「夏色」ゆず、「真夏の夜の夢」松任谷由実、「シーズン・イン・ザ・サン」TUBEは間違いなくベスト5に入るだろうが、「若者のすべて」も5位までに入るのではないだろうか。このリストを見てそういう思いにとらわれた。


 この番組で「若者のすべて」が紹介された部分を再現したい。


ナレーター:9位は夏の終わりの花火大会を描いた名曲

街頭インタビュー:30代女性 学生の頃の甘酸っぱい初恋の気持ち 胸がキュッとなって めちゃめちゃいい! 青春を思い出す

 この後、「若者のすべて フジファブリック ユニバーサル ミュージック」というテロップが表示され、志村正彦が登場するミュージックビデオの映像が流れた。

ナレーター:夏の最後の花火大会で好きな人と偶然出会えるかも、そんな淡い期待を抱く主人公の心情を綴った「グッとフレーズ」

テロップ:――グッとフレーズ――
ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ
                                作詞 志村正彦

街頭インタビュー:40代女性 好きだった男の子を花火大会に誘えなかったけど もしかしたら来ているかと探していた記憶を思い出すのでとても懐かしい。 

ナレーター:そして曲が進むと、主人公に嬉しい展開が

テロップ:――グッとフレーズ――
ないかな ないよな なんてね 思ってた
まいったな まいったな 話すことに迷うな
                                作詞 志村正彦

ナレーター:どうせいないと思っていた好きな人とまさかの遭遇

街頭インタビュー:40代男性 自分の経験とまさにリンクしていて 花火大会で好きな女の子と会うことができたけど実際会ってみたら何も喋れない 「キレイだね」の単純なラリーで終わった

ナレーター:2007年にリリースされた「若者のすべて」実は発売当初、売り上げ枚数は約4600枚ほどで(オリコン調べ)ヒットには至りませんでした。しかし、恋する若者の心のざわめきを見事に表現した歌詞に、大物アーティストたちが大絶賛!槇原敬之さんをはじめ、桜井和寿(Mr.Children)さん、藤井フミヤさんなど多くの一流アーティストたちがカバーしたことで再注目。さらに2024年にはヨルシカのボーカルsuisによるカバーが映画の主題歌になったことで、多くの若者たちにも刺さったんです。

 この後、suis from ヨルシカ「若者のすべて」のMV(2024年Netflix映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』主題歌)が流れ、「若者のすべて」パートが終わった。4分30秒ほどの時間だった。


 今回の番組で注目したのは、「若者のすべて」の2007年発売当初の売り上げ枚数が約4600枚(オリコン調べ)という数字が示されたことだ。これは初めて知る数字だった。次回、この点について考えてみたい。


2026年5月3日日曜日

歌詞考察の番組やブログの隆盛[志村正彦LN381]

 4月30日に放送された『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』第25弾3時間スペシャルのテーマは「“青春”がそこにあるグッとフレーズ」BEST30だった。私は気づくのが遅れて最後の15分ほどしか見ることができなかったが、「若者のすべて」が22位に選ばれていた。この番組のHPには〈普遍的な名曲と言われるフジファブリックの「若者のすべて」〉という紹介文があった。

 この番組は名曲の「心に刺さった歌詞」に注目する歌詞特化型の音楽番組だ。2021年7月から不定期に放送されているが、このブログでも志村正彦・フジファブリックが選ばれた回について何度か取りあげてきた。

 「若者のすべて」はこの20年ほどの日本語ロック、もっと広いパースペクティヴをとれば、この半世紀ほどの日本語のポピュラー音楽の中で非常に高く評価された名曲となった。その歌詞についてもいろいろと考察されている。


 この4月からNHKの『名曲考察教室』が月1回のレギュラー番組となった。2023年8月からパイロット版、2025年1月から不定期の特番として放送されていたが、番組HPによると〈昭和・平成の名曲を、令和の若者たちが“いまの感覚”で徹底考察!そこから生まれた物語を、新しいミュージックビデオに仕立てます〉というコンセプトで企画された。

 4月23日放送の第1回は大滝詠一「君は天然色」。出演者による二つのミュージックビデオが作られ、作詞者の松本隆のコメントもあった。この番組は歌詞の考察に基づいた映像化が特色となっている。

 NHKではピーター・バラカンがゲストと共に名曲の数々を紹介する新番組『未来へのプレイリスト』も4月から始まった。名曲の魅力をサウンド面だけでなく、歌詞に込められたメッセージや社会的時代的な背景も紹介する。すでに「モータウン・サウンド」(ゲズト:中村正人)、「ボブ・ディラン」(ゲズト:奈良美智)、「越境する音楽」(ゲズト:大友良英)、「ラブソング」(ゲズト:矢野顕子)がテーマとなった。ピーター・バラカン自身が歌詞の鍵となるワードを丁寧に説明しながら日本語に訳しているところが素晴らしい。豪華なゲストとの対話も歌詞の理解を深めている。

 テレビ朝日で2015年5月から日曜日夜に放送されてきた音楽バラエティー番組『EIGHT-JAM』でも歌詞に焦点を当てることが多い。ゲストによる独自の考察や分析が特色になっている。


 1年半ほど前になるが、「音楽に批評は必要か サブスク時代、変わるリスナーと価値付けの意義」(朝日新聞2024.11.16)という記事で、ポピュラー音楽研究者の増田聡氏(大阪公立大学教授)が〈最近、音楽批評的な言説のなかで活性化しているものとして、Jポップ曲の歌詞を考察するブログが挙げられます。人々に対し、『この音楽は価値が高いから聴きましょう』と促すのではなく、すでに曲を聴いた人に対して『より深い』意味を解説する、という構えのものです〉〈『考察ブログ』の活性化は、音楽を取り巻く言説構造の変化を示しているように感じます。大雑把に整理するならば、音楽言説に求められる機能が、『価値付け』ではなくなり、『解釈』や、音楽をよりよく理解するための『背景知識』へと移っている〉と述べている。確かにここ数年でメディアの歌詞考察番組や記事、個人の歌詞考察ブログが増えてきたようである。


 十四年前にこの『偶景web』の主要コンテンツ「志村正彦ライナーノーツ」を始めたときから今日に至るまで、このブログは、増田氏のコメントにある〈歌詞考察ブログ〉つまり〈『より深い』意味を解説する〉こと、〈『解釈』〉や〈『背景知識』〉を志向するものではなかった。

 私はなぜ志村正彦の歌にこんなにも魅了されるのか。心を動かされるのか。そのような個人的動機から出発した。彼の歌の言葉を解明したいという想いだけであった。今でもその気持ちは変わらない。

 それでもこういう状況の中では、『偶景web』の「志村正彦ライナーノーツ」も歌詞考察ブログの一つとして位置づけられるのかもしれない。しかし、繰り返しになるが、私にはそのような志向や意図はなく、なにものかにとらわれることなく自由に、できるだけつつましく簡潔に、志村正彦の歌について感じたこと考えたことを《文》という形にして書き続けている。


2026年4月5日日曜日

「粉雪」「中央線」「若者のすべて」(NHK甲府「金曜やまなし~響け!山梨へのエール~」)

 今年の甲府の桜の開花と満開はとても早かった。

 3月24日、甲府地方気象台は甲府のソメイヨシノが全国トップで満開になったと発表した。3月に入り気温が高く、4月上旬から中旬並みの暖かさが続いた。ここ数年、季節の推移が一月ほど早くなった気がする。そして、桜の季節はすぐに過ぎ去ってしまう。


 桜の季節は新年度を迎え、旅立ちのエール、旅立ちソングが歌われる時期でもある。そういう時でもあるせいか、一昨日4月3日(金)、NHK甲府放送局が山梨県内で放送した「金曜やまなし」というローカル番組のテーマは「響け!山梨へのエール~」だった。NHK甲府のサイトの説明を引用したい。

 この春、新たな挑戦をするあなたへ。山梨で生まれ歌い継がれてきた名曲を県内出身の若手アーティストたちがカバーし、エールソングとしてお届けします!レミオロメンの「粉雪」を去年デビューを果たした高校生のガトが。THE BOOMの「中央線」は県内で精力的に活動する見代遥叶が。フジファブリックの「若者のすべて」を新星6ピースバンド、JIJIMがそれぞれの解釈で熱唱!



 「粉雪」の作詞・作曲は藤巻亮太、「中央線」の作詞・作曲は宮沢和史、「若者のすべて」の作詞・作曲は志村正彦。山梨が生んだ三人の「ロックの詩人」の名曲だ。「中央線」は三十年前、「粉雪」「若者のすべて」は二十年ほどの前の曲だが、現在でも歌い継がれている。ガト、見代遥叶、JIJIMという山梨出身の歌手やバンドがこの三曲をカバーするという企画はNHK甲府ならではの試みだ。山梨の若者たちが宮沢和史・藤巻亮太・志村正彦の作品を歌うのは喜ばしいことであり、番組タイトル通り、〈山梨へのエール〉であり〈山梨からのエール〉であると言える。特に、ガトと見代遥叶はその声の響きに魅力があり、歌い方にも工夫があった。
 なお、NHK ONEで4月10日(金) 午後7:57 まで配信されている。


 藤巻亮太と宮沢和史のインタビュー映像もあった。

 藤巻は、〈みんなに知ってもらうような曲を作らなければいけない〉〈周りが空気として求めている〉〈みんな祈るような思いで「合宿に行ってくれ」みたい〉な感じで作品作りに苦しんでいたときに、山梨の山中湖に行って生まれたのが「粉雪」だと語っていた。

 宮沢は〈山梨の出身者はたぶん中央線沿線に最初東京へ出た時に住む人が多いと思う〉〈怖くなったりつらくなったりしたら「あずさ」や「かいじ」に乗れば一本で帰れる〉、僕も最初は中央線沿線に住んでいて〈いつでも帰れる安心感〉があり、そう思うだけで頑張れると述べていた。この感覚はよく分かる。上京後、僕は西武新宿線の上石神井に住んでいたが、中央線の吉祥寺に出ることもできた。吉祥寺駅から中央線に乗って甲府に帰省していた。

 志村正彦については、「若者のすべて」のチャイムとそれを聴きに集ったファンの声が紹介されていた。


 この機会にこの三つの作品の歌詞をリリース順に引用して、その視点の特徴を分析したい。


「中央線」 作詞・作曲:宮沢和史 1990年9月21日リリース

君の家のほうに 流れ星が落ちた
僕はハミガキやめて 電車に飛び乗る
今頃君は 流れ星くだいて
湯舟に浮かべて 僕を待ってる

走りだせ 中央線
夜を越え 僕を乗せて

逃げ出した猫を 探しに出たまま
もう二度と君は 帰ってこなかった
今頃君は どこか居心地のいい
町を見つけて 猫と暮らしてるんだね

走り出せ 中央線
夜を越え 僕を乗せて


「粉雪」 作詞・作曲:藤巻亮太 2005年11月16日リリース

粉雪舞う季節はいつもすれ違い
人混みに紛れても同じ空見てるのに
風に吹かれて似たように凍えるのに

僕は君の全てなど知ってはいないだろう
それでも一億人から君を見つけたよ
根拠はないけど本気で思ってるんだ

些細な言い合いもなくて
同じ時間を生きてなどいけない
素直になれないなら
喜びも悲しみも虚しいだけ

粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら
二人の孤独を分け合う事が出来たのかい

僕は君の心に耳を押し当てて
その声のする方へすっと深くまで
下りてゆきたいそこでもう一度会おう

分かり合いたいなんて
上辺を撫でていたのは僕の方
君のかじかんだ手も
握りしめることだけで繋がってたのに

粉雪 ねえ 永遠を前にあまりに脆く
ざらつくアスファルトの上シミになってゆくよ

粉雪 ねえ 時に頼りなく心は揺れる
それでも僕は君のこと守り続けたい

粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら
二人の孤独を包んで空にかえすから


「若者のすべて」 作詞・作曲:志村正彦 2007年11月7日リリース

真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた
それでもいまだに街は 落ち着かないような 気がしている

夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて
「運命」なんて便利なものでぼんやりさせて

最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな

ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ

世界の約束を知って それなりになって また戻って

街灯の明かりがまた 一つ点いて 帰りを急ぐよ
途切れた夢の続きをとり戻したくなって

最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな

ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ

すりむいたまま 僕はそっと歩き出して

最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな

ないかな ないよな なんてね 思ってた
まいったな まいったな 話すことに迷うな

最後の最後の花火が終わったら
僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ


 「粉雪」「中央線」「若者のすべて」の歌詞の特徴を考えてみたい。

 「中央線」は〈僕〉と〈君〉の出会いと別れが短い物語で簡潔に歌われている。〈君の家のほうに 流れ星が落ちた〉とあるので、おそらく〈僕〉は流れ星が消えるまでに願い事を唱えたのだろう。〈僕〉は〈中央線〉に飛び乗り、〈君〉に会いに行く。〈君〉は〈僕〉を待っている。願い事はかなったようだが時が流れると、〈君〉は〈猫〉を探しに行って帰ってこない。〈君〉はどこか別の町で〈猫〉と暮らしている。〈中央線〉が〈僕〉と〈君〉を結んだのだが、こうなると〈中央線〉は二人の間の距離を象徴している。

 「粉雪」は〈粉雪〉が舞う季節の〈僕〉と〈君〉の物語。〈僕〉の〈君〉に対する聴覚や視覚のあり方が独特だ。〈人混みに紛れても同じ空見てるのに〉では〈僕〉は〈空〉を見つめ、〈僕は君の心に耳を押し当てて/その声のする方へすっと深くまで/下りてゆきたい〉では〈僕〉の聴覚は〈君〉の〈声〉の方へ深くまで下りてゆき、〈粉雪 ねえ 永遠を前にあまりに脆く/ざらつくアスファルトの上シミになってゆくよ〉では〈君〉の視線はアスファルトの上に落ちてシミになる〈粉雪〉に注がれる。最後の〈粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら/二人の孤独を包んで空にかえすから〉になると〈僕〉は〈二人の孤独〉を包んで上空の〈空〉に返そうとする。〈僕〉の〈君〉に対する視覚や聴覚は繊細に揺れて、〈僕〉の〈君〉への想いが深まっていく。

 「若者のすべて」には〈僕〉と〈僕ら〉が登場する。二人称の存在が潜在するのだが〈君〉とは呼ばれていない。〈まぶた閉じて浮かべている〉とあるように、〈僕〉の夢想の物語と考えられる。〈最後の花火に今年もなったな/何年経っても思い出してしまうな〉の〈花火〉に関わる回想と〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉という二人称の存在との再会に対する期待や不安を、〈な〉や〈ない〉音の反復によって歌い上げている。


 さらに、この三つの作品の共通項を探りたい。

 「中央線」は東京と山梨を結ぶ路線がモチーフとなり、「粉雪」は山中湖のスタジオで作られ、「若者のすべて」の「最後の花火」は河口湖が舞台だとも言われている。三つの作品は山梨という場やその記憶に関わっている。 

 三つの作品共に〈僕〉と〈君〉あるいはそれに相当する存在との関係を巡る物語だが、その関係を見つめる視点に類似性がある。

  「中央線」では〈走り出せ 中央線/夜を越え 僕を乗せて〉とあるように、〈僕〉は〈僕〉と〈君〉の架け橋としてあたかも上空から〈中央線〉を見下ろしているかのようだ。「粉雪」では〈僕〉と〈君〉は〈同じ空〉を眺め、二人の〈孤独〉を〈空〉に返していく眼差しがある。その眼差しが反転して〈僕〉と〈君〉との関係を見つめている。「若者のすべて」になると〈最後の最後の花火が終わったら/僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ〉というように、〈僕〉から〈僕ら〉へと視座が転換して〈同じ空〉を見上げている。

 もともと、この三者には独特な空間や風景の把握とそれに起因するモチーフがある。山梨という場の空間と風景がその根底にあるだろう。

 甲府盆地で生まれた宮沢和史には盆地の内側と外側という視点がある。陸の島としての甲府と海の島としての沖縄というモチーフはこの延長線上にある。御坂山系のなだらかな傾斜地で育った藤巻亮太には高台から大空や宇宙を眺めることに親しんでいた。彼の歌にはそのようなモチーフがあふれている。志村正彦が生まれ育った富士北麓地域は北側の御坂山系と南側の富士山に挟まれているが、富士山の周囲に空間が広がる地形である。そのようなパースペクティブが彼の歌に空や月、夕陽や雲を見つめるモチーフを与えている。


 「粉雪」「中央線」「若者のすべて」の三曲共に〈僕〉と〈君〉との恋愛をモチーフとする叙情歌であるが、〈僕〉の眼差しのあり方に独自性がある。叙情が〈僕〉の内部にとどまるのではなく、〈空〉のような外部へと広がっていく。広がりと共に奥行きや深さをもたらしている。山梨の風土も影響しているのだろう。三人の感受性のあり方が日本語ロックの世界に新しい叙情を創り出している。


2026年3月20日金曜日

「若者のすべて」のサビ [志村正彦LN379]

 一昨日、3月18日、テレビ朝日〈『EIGHT-JAM』3時間SP 名だたる“音楽のプロ”が集合した『最強のサビ歌唱BEST100』〉が放送された。有名アーティストやプロデューサーなど音楽のプロ51人が、2000年以前と以後の2ブロックに分けて「サビ」の歌唱が凄い名曲を選んで、各ブロックの「総合ランキング・ベスト50」を発表するもの。

 SUPER EIGHTとスタジオゲストのLISA、秦基博、北村匠海(DISH//)、HANAのCHIKA・NAOKO・JISOO、川田裕美、高橋茂雄(サバンナ)が出演し、選者はMANATO(BE:FIRST)、OMI(三代目 J SOUL BROTHERS)、片寄涼太&数原龍友(GENERATIONS)、小渕健太郎(コブクロ)、藤井怜央(Omoinotake)、HIDE(GRe4N BOYZ)、石崎ひゅーい、矢井田瞳、新妻聖子などだった。


 志村正彦・フジファブリックの作品が選ばれるのかどうか。そのことが気になって番組を見た。結果は2000年以後のブロックで「若者のすべて」が46位に選ばれた。

 テロップには〈夏の終わりの空気感をそのまま歌にしたような声〉(Michael Kaneko)、〈押さえた歌唱からサビで一気に情景を聴かせる名曲〉(生活の設計 大塚真太朗)と説明され、〈伝説的ロックバンドの名曲〉と紹介されて、〈「運命」なんて便利なものでぼんやりさせて/最後の花火に今年もなったな/何年経っても思い出してしまうな/ないかな ないよな きっとね いないよな〉の部分がミュージックビデオで志村正彦が歌う映像が放送された。左上にインサートされた映像にはスタジオで何人もがこの歌を口ずさんでいた。46位というランキングには大いに不満が残るが、それでもこの曲が地上波で流されたことを喜びたい。新たなファンを獲得する可能性があるからだ。

 この種の名曲ランキングでは季節や風物別(夏の裏、桜の歌など)、10年の年代別の分け方がよくあるが、この番組では2000年以前と以後という二つのブロックに分けていたことが新鮮だった。確かに、1970年代の初頭から2000年までの二十数年間と2000年から現在までの二十数年間というように、この半世紀の日本語ロックやJポップは2000年を境界にして二つの時代に分けられるかもしれない。

 これは筆者の年齢や世代によるところが大きいのだろうが、2000年以前の方がサビを含めて名曲が多い気がしてしまう。少なくとも音楽の勢いや影響力、CD等の売り上げが2000年あたりを境に下降してきたのは間違いないだろう。

  このような区分けをもとに2000年以降の日本語ロックの中で、志村正彦・フジファブリックは特にその歌詞において最も高度な達成をしたと言える。そして、歌を重視する後続の歌い手やバンドに大きな影響を与えている(このような証言はいくつもある)。


 久しぶりにこのブログで「若者のすべて」のMVを添付したい。現時点で6879万回の視聴となっている。驚くべき回数である。あわせて1番のサビも引用する。

  フジファブリック (Fujifabric) - 若者のすべて(Wakamono No Subete)



  最後の花火に今年もなったな
  何年経っても思い出してしまうな
  ないかな ないよな きっとね いないよな
  会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ


 「若者のすべて」のサビは、〈最後の花火〉の空間と眼差し、〈今年〉〈何年〉という時の流れ、〈思い出してしまう〉回想と内省、〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉の〈な〉音の反復、再会への期待や躊躇、〈まぶた〉の開閉と想起という一連の言葉の連鎖が、おだやかで美しい旋律と和声、静かな落ち着いた律動を伴って、志村正彦のやわらかでやさしい声によって歌われる。このミュージックビデオにも抑制された端正な映像が続く。

 だが、このような記述をしてもこの歌の魅力を語ることは難しい。この歌は聴く者をどこか遠くの彼方に、忘れてしまったような光景に、連れ去っていく。そして聴く者は分からないままに無意識のままに、何時の間にかその遠くの彼方の忘れてしまった光景にたどりつくのかもしれない。


 以前も書いたことがあるが、実は、「若者のすべて」は〈最終段階までサビから始まる形になっていた構成を志村の意向で変更したもの〉である。書籍『FAB BOOK』(角川マガジンズ2010年)にそう記されている。

 志村はその理由を「この曲には”物語”が必要だと思った」としてこう語っている。

ちゃんと筋道を立てないと感動しないなって気づいたんですよね。いきなりサビにいってしまうことにセンチメンタルはないんです。僕はセンチメンタルになりたくて、この曲を作ったんですから。 (『FAB BOOK』)

 志村は雑誌「Talking Rock!」では次のように語っている。

最初は曲の構成が、サビ始まりだったんです。サビから始まってA→B→サビみたいな感じで、それがなんか、不自然だなあと思って。例えば、どんな物語にしてもそう、男女がいきなり“好きだー!”と言って始まるわけではなく、何かきっかけがあるから、物語が始まるわけで、〔…〕いきなりサビでドラマチックに始まるのが、リアルじゃなくてピンと来なかったんですよ。だからボツにしていたんだけど、しばらくして曲を見直したときに、サビをきちんとサビの位置に置いてA→B→サビで組んでみると、実はこれが非常にいいと。 (「Talking Rock!」2008年2月号、文・吉川尚宏氏)

 志村は曲の構成を当初の〈サビ→Aメロ→Bメロ→サビ〉から〈Aメロ→Bメロ→サビ〉に変えた。〈筋道〉を立て〈感動〉に至る〈センチメンタル〉を追求するために、歌詞と楽曲を練り上げて、この歌の叙情の純度を高めていった。


 この原稿を書こうとした時に気づいたのだが、今回がこのブログの「志村正彦ライナーノーツ」のうちの「若者のすべて」に関する100回目のエッセイになる。

 第1回目は2013年3月7日の〈冬の季節の『若者のすべて』〉。前年12月の富士吉田の「夕方5時のチャイム」の数日前に、〈『若者のすべて』が冬の歌のように感じられた。詩の中の「最後の花火」は「冬の花火」かもしれないという、ありえない想像にとらわれた。冬の花火には、たとえようのない寂しさや儚さもあるのだが、夏の花火にはない、清澄であるがゆえの静けさと透明感、外気の冷たさゆえの光の和やかさや温かさがある〉と感じたことを書き、この歌の語りの枠組についても触れていった。このエッセイがすべての出発点だった。

 それから13年が過ぎたが、「若者のすべて」の歌詞の構造やモチーフを中心軸に、たくさん生まれたカバー曲やライブでの演奏、映像作品やCM、富士吉田のイベント、高校教科書への掲載など、様々な観点を織り交ぜて書き続けてきた。「若者のすべて」のすべてに関して可能な限りこれからも書いていきたい。

 振り返ると、「若者のすべて」の知名度や評価は、13年前には想像できなかったほどに高まった。

 何よりも、この歌が人々に愛されて、人々の心の歌になったことに感慨を覚える。


2026年3月2日月曜日

目覚めの曲「若者のすべて」CHILL CLASSIC CONCERT[志村正彦LN378]

  一昨日、2月28日の夕方、ヴァンフォーレ甲府と松本山雅の試合「甲信ダービー」を見て帰ってきたときに、妻がたまたまNHKの番組を見ていると「若者のすべて」の字が画面に表示されていることに気づいた。

 番組名を見ると、「所さん!事件ですよ」。「150万円の“安眠の館”にセレブが殺到!?」という特集であった。途中からだったのでNHK ONEで最初から見ることにした。

 この番組では、4人に1人が睡眠に問題を抱える不眠大国の日本で眠ることを促す様々な試みが特集されていた。そのなかの一つが「寝落ちOKのクラシックコンサート」である「CHILL CLASSIC CONCERT」だった。このコンサートでは、上質なオーケストラの音楽をリラックスして気軽に楽しむために、ハンモック、ビーズクッション、リクライニングチェアなどのくつろげる座席が用意され、眠ることもOKである。2021年に始まり、5年間でのべ6万人を動員した。チケットが入手困難な大人気イベントになっている。

 番組では収録された会のプログラムが紹介されていた。

 1 「ロビンソン」       スピッツ
 2 「G線上のアリア」     バッハ
 3 「白日」                  King Gnu
 4 「やさしさに包まれたなら」 松任谷由実
 5 「Summer」        久石譲
 6 「プラネタリウム」     大塚愛
 7 「ただ君に晴れ」         ヨルシカ
 8 「旅路」                   藤井風
 9 「たしかなこと」         小田和正
10「水平線」                 back number
11「怪獣の花唄」           Vaundy
12「115万キロのフィルム」   Official髭男dism
13「オレンジ」               SMAP
14「TSUNAMI」             サザンオールスターズ
15「若者のすべて」       フジファブリック


 編曲担当のピアニスト中山博之さんは、プログラムの中で起承転結を作りその流れの中で入眠の鍵となる曲を用意していると話していた。この日は大塚愛の「プラネタリウム」がその鍵の曲。原曲にない雰囲気を変えるコード、ノスタルジーを感じる和音を入れることがこだわりポイントだった。

 残念ながら、志村正彦作詞作曲の「若者のすべて」の映像や音源が流れることはなかったのだが、「CHILL CLASSIC CONCERT」のWEBに「2025年5月セットリスト&楽曲アレンジ秘話 公開!」という記事があり、次のように紹介されていた。

  

「若者のすべて」
ーこちらは過去にアンコールで大好評だった曲ですね。
まさにコンサートの締めにふさわしい楽曲だと思っています。まるで壮大な“エンディング”のように、今までの演奏を振り返りながら華やかに終わる構成にしています。 


 幸いなことに、YouTubeに2022年開催の第2回公演の1曲として「若者のすべて」のフルヴァージョンが公開されている。

  若者のすべて / CHILL CLASSIC CONCERT -2022 summer-


 

 ハープがイントロを美しく奏でると、弦楽器、管楽器が華麗に続いていく。ドラムの音が入り、〈最後の花火に今年もなったな〉の箇所になると、フルオーケストレーションの素晴らしい演奏と化す。このようなオーケストラ用の編曲を聴くと、「若者のすべて」の音楽そのものの豊かさを味わうことができる。

 また、「若者のすべて」を実際に聴いている(そして眠っている)映像もあったので添付したい。このコンサートの会場の雰囲気が伝わってくる。

   【全国ツアー開催記念 】CHILL CLASSIC CONCERT特別映像を初公開!

     


 

 「若者のすべて」はプログラムの15番目の演奏であることからおそらくコンサート本編の最後の曲だと思われる。この美しく荘厳な演奏が眠りに落ちている聴衆の目を次第に覚ましていく。睡眠から現実への覚醒にふさわしい曲なのだろう。志村正彦は〈すりむいたまま僕はそっと歩き出して〉と歌っている。この作品の歌詞も楽曲も、現実へと〈そっと歩き出し〉ていくことを促している。

 なお、「所さん!事件ですよ」のこの回は3月7日(土)までNHK ONEで視聴可能である。


 この番組の放送日には甲府の小瀬スタジアムでヴァンフォーレ甲府と松本山雅の試合があったのだが、後半の途中で松本の応援から聞き覚えのあるメロディーが流れてきた。フジファブリックの「SUPER!!」だった。作詞:山内総一郎、作曲:山内総一郎・金澤ダイスケ。調べると、松本に新加入したフォワード加藤拓己のチャントだった。〈拓己のゴールちょうだい〉というフレーズになっていた。山梨学院高校出身なので地元局の放送で見たことのある選手だった。体格に恵まれたパワフルなストライカーであり、この日も先発して最前列でゴリゴリと甲府のディファンダーとやり合っていた。「SUPER!!」がチャント曲になった理由は分からないが、出身が山梨学院高校ということがあるのかもしれない。松本は以前、宮沢和史・ザ・ブームの「中央線」を応援歌にしていたことがあった。中央線は松本まで通っているからだろう。

 松本のことはさておき、甲府サポとしては志村正彦の曲を応援ソングがチャントにしてほしいとずっと思っている。「Sugar!!」なんか最高の曲だろう。〈全力で走れ 全力で走れ 36度5分の体温/上空で光る 上空で光る 星めがけ〉は、ヴァンフォーレ甲府のサッカーに合っている歌詞だ。

 試合の方は1対0でVF甲府の勝利だった。今シーズンは8月からの秋冬制への移行のために「明治安田J2・J3百年構想リーグ」という特別な大会を開催している。甲府は開幕4連勝で現在2位にいる。ほんとうに〈上空で光る 星めがけ〉て優勝を目指してほしい。


 志村正彦についての話題がもう一つある。2月22日のテレビ朝日の番組「EIGHT-JAM」の「プロが選ぶ最強サビ歌詞!」特集で、シンガーソングライターのコレサワが2000年以降の12位にフジファブリック「Bye Bye」を選んでいた。テロップには表示されたが、残念ながらこの歌への言及はなかった。それでも、志村の作品がテレビ番組で登場する場合、「若者のすべて」に集中している現状からすると、「Bye Bye」が選ばれたことは率直に嬉しかった。志村正彦には素晴らしい歌がたくさんある。志村のより多くの作品が注目を浴びてほしい。


2025年10月5日日曜日

飯田蛇笏・飯田龍太文学碑碑前祭/「若者のすべて」を詠む短歌 [志村正彦LN371]

  一昨日10月3日は、山梨出身で近代俳句を代表する俳人、飯田蛇笏の命日だった。この日、甲府の「芸術の森公園」で「飯田蛇笏・飯田龍太文学碑碑前祭」が開かれた。蛇笏の孫、龍太の息子である飯田秀實氏が理事長を務める「山廬文化振興会」が主催する会で、今年で十一回目を数える。蛇笏、龍太の碑のそれぞれに居宅だった「山廬」で摘まれた花が供えられた。

 この日のための「碑前祭句会」には国内外から566句の応募があり、最高賞の「真竹賞」には仲沢和子さん(山梨県北杜市)の「雲の峰父子それぞれの文学碑」が選ばれた。応募されたすべての句は冊子に閉じられて文学碑に献句され、俳人の瀧澤和治氏と井上康明氏がおのおの二人を偲ぶ話をされた。関係者や受賞者など60人ほどの参加者が飯田蛇笏と飯田龍太を追悼する特別な場であり、貴重な時間であった。

 

 「山梨県立文学館」の研修室での授賞式の後、私が「飯田蛇笏と芥川龍之介」という題で五十分ほどの講話を行った。飯田秀實理事長からの原稿依頼をいただいて、ここ一年半ほどの間、山廬文化振興会の会報「山廬」に四回に渡って「蛇笏と龍之介」という批評的エッセイを書いてきた。その原稿を元にしてスライドを作成して、二人の交流の軌跡を六つの観点を設定して振り返った。

  芥川龍之介は「ホトトギス」大正7年8月号の雑詠欄に「我鬼」の俳号で「鍼條に似て蝶の舌暑さかな」他一句を投句し、蛇笏が「雲母」大正8年7月号で「我鬼」が龍之介と知らないまま「鍼條に」句を「無名の俳人によって力作さるる逸品」と評価したことを契機として、二人の交流が始まる。手紙のやりとりや書籍・雑誌の贈答を通じてのものだったが、この二人には深いつながりやきずながあった。このテーマについては今後このブログでも書いてみたい。


 * * *


 〈甲府 文と芸の会〉を結成したこともあり、最近は地元の「山梨日日新聞」の短歌・俳句・川柳・詩の投稿欄を読むことを楽しみにしている。ほとんどが山梨県内の愛好者からの投稿であり、山梨の風景や生活に根ざした作品が多い。生活者の眼差しからの言葉に感銘を受けることや学ぶことが少なくない。毎週日曜日に掲載されるので、今日10月5日の朝、投稿欄に目を通すと、選者の歌人三枝浩樹氏に佳作として選ばれたある短歌に目が釘付けになった。


○「若者のすべて」が流れる夕暮れは若者だった頃を思いて   北杜 坂本千津子

 

 三枝氏は選評でこう述べている。


富士吉田市出身のフジファブリック、代表曲の「若者のすべて」の流れる夕暮れ。その歌に耳を澄まして「若者だった頃を」しみじみと想起する坂本さん。名曲は時代を超えて、かく人の心に甦る。


 三枝氏の選評がこの短歌のすべてを的確に語っているので、専門家でもない僕が付言することはないのだが、一つだけ触れるならば、志村正彦・フジファブリックの「若者のすべて」が短歌の中にこのように詠み込まれ、深い感慨を覚えたことである。山梨県北杜市在住の作者坂本千津子さんは「若者だった頃を思いて」とあるので、ある程度の年齢の方だと推測する。年齢や世代を超えたこの歌の広がりを感じる。

 実際、7月の「若者のすべて」と12月の「茜色の夕日」が富士吉田の夕方の防災無線で流れることはほとんど毎回、地元のNHK、YBS山梨放送、UTYテレビ山梨のニュースで放送され、山梨日日新聞に掲載される。山梨県民のかなり多くの方(ほとんどすべて、と言ってもよいくらいに)が志村正彦とその歌の存在を知っている。


 三枝浩樹氏の「名曲は時代を超えて、かく人の心に甦る」という言葉を記憶しておきたい。

 この「かく」はこの歌を聴いたすべての人のおのおのの心のなかにある。時の流れのなかにあるもの、大切なかけがえのない何かを、それぞれの姿で蘇らせる力が「若者のすべて」にはあるのだろう。


2025年8月27日水曜日

「若者のすべて」-夏の終わりに聴きたい“グッとフレーズ”[志村正彦LN369]

 8月22日(金)夜7時からTBSで『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』第21弾の3時間スペシャルが放送された。夏の後半という時期に合わせ「夏の終わりに聴きたい“グッとフレーズ”」の特集があった。

 今回の出演者は、MCの加藤浩次(極楽とんぼ)、アーティストゲストのデーモン閣下(聖飢魔Ⅱ)・田邊駿一(BLUE ENCOUNT)・矢井田瞳、スタジオゲストの影山優佳・川村エミコ(たんぽぽ)・末澤誠也(Aぇ! group)・土田晃之、・矢作兼(おぎやはぎ)、VTRゲストの狩野英孝・橋本環奈・原菜乃華・間宮祥太朗。

 番組の半ば頃に「夏の終わりに聴きたい」というコーナーがあり、ZONEの「secret base~君がくれたもの~」、山下達郎「さよなら夏の日」、フジファブリック「若者のすべて」、米津玄師「灰色と青」(+菅田将暉)、松任谷由実「Hello, my friend」などが選ばれていた。


 「若者のすべて」を取り上げた部分を簡潔に紹介したい。テロップやクレジットの言葉は〈〉で括る。


 街頭インタビューでのコメントの後で、イントロが始まり、〈若者のすべて フジファブリック/ユニバーサル ミュージック〉というクレジットが示され、「若者のすべて」のミュージックビデオが流され、志村正彦が歌う姿が映し出された。歌詞のテロップが横書きに縦書きにと変わり、フォントの大きさも変化した。〈グッとフレーズ〉という字と共に、鮮明な黄色の字で〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉が縦書きで、〈会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ〉が横書きで表示された。

 次に下記の歌詞が一面に示され、街頭インタビューのコメントが加えられた。

 

   ―グッとフレーズ-   

 ないかな ないよな      

 きっとね いないよな     

 会ったら言えるかな     

 まぶた閉じて浮かべているよ 

           作詞 志村正彦   


 ここで初めて作詞者の「志村正彦」の名が登場した。やはり作詞者の名は必須である。

  MCやゲストの話の後で、ナレーターが語り始めた。そのテロップを記したい。


〈夏の恋に期待するも〉 
〈結局何もなく終わってしまう〉
〈誰もが共感できる経験を歌詞に〉

〈2番 主人公に嬉しい展開が!〉


 続いて、2番のミュージックビデオと〈ないかな ないよな なんてね 思ってた/まいったな まいったな 話すことに迷うな〉が表示され、この歌詞をまとめた画面に切り替わった。


  ―グッとフレーズ-    

 ないかな ないよな      

 なんてね 思ってた        

 まいったな まいったな    

 話すことに迷うな      

     作詞 志村正彦   


 ナレーターが〈好きな人とまさかの遭遇〉と語った。

 この後、MCやゲストの間でこの場面をめぐっていろいろな話が出るのだが、印象深かった箇所のテロップを書き写す。


加藤浩次  〈これは声をかけたんですかね?〉
末澤誠也  〈どっちでも捉えられる〉
加藤浩次  〈どっちですか皆さん〉
土田晃之  〈この時点では話しかけてない〉
川村エミコ  〈私は話しかけてる〉〈話しかけて一緒に花火を見てる〉
      〈でも何も言えなくて〉〈関係はどうなるのかな?〉
      (変わるのかな)〈同じ空見てるな〉
……
川村エミコ  〈花火の音が間を埋めてくれて〉
      〈助けてくれる情景が浮かぶ〉


 川村エミコの最後のコメントに説得力があった。二人が再会したとしてもあまり言葉を交わすことがなく、その間を花火の音が埋めてくれて、沈黙を助けてくれる。確かにそのような情景も浮かんでくる。


 今回の「若者のすべて」の歌詞考察は、〈ないかな ないよな〉部分のフレーズが1番から2番へ、〈きっとね いないよな〉⇒〈なんてね思ってた〉、〈会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ〉⇒〈まいったな まいったな 話すことに迷うな〉と転換していくことに焦点を当てていた。この転換されたフレーズが「若者のすべて」のキーフレーズの一つであり、この番組で言う〈グッとフレーズ〉であろう。これまで「若者のすべて」の歌詞の素晴らしさに触れた番組はいくつもあったが、今回の番組のようにこの歌詞の転換とそれによる歌詞の意味の展開について取り上げるものはほとんどなかったように思う。


 このシリーズ番組を振り返ると、2022年12月29日放送の『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ〜私を支えた歌詞SP2022〜』でも「若者のすべて」が取り上げられた。この時は、ナレーターが「実はこの曲を作詞作曲したボーカルの志村正彦さんはこの曲をリリースした2年後、29歳の若さで亡くなったのですが、生前この曲についてこう語っていました」という説明が入り(テロップでは〈作詞・作曲Vo.志村正彦さん 「若者のすべて」リリースの2年後… 2009年12月24日29歳で急逝〉と表示)、両国国技館ライブでの志村のMC〈センチメンタルになった日だったりとか 人を結果的に裏切ることになってしまった日 色んな日があると思うんですけども そんな日の度に 立ち止まって色々考えてた それはちょっと勿体ない気がしてきて 歩きながら 感傷に 浸るっていうのが 得じゃないかなって思って 止まっているより歩きながら悩んで 一生たぶん死ぬまで 楽しく過ごした方がいいんじゃないかなということに 26、27歳になってようやく気づきまして そういう曲を作ったわけであります〉がテロップで示された。

 ナレータは続けて「そして志村さんはその思いをこの二行のフレーズに込めたといいます」と話した。志村の歌声と次のテロップが表示された。


       ―グッとフレ ーズ―      

     すりむいたまま 僕はそっと歩き出して 


 つまり、2022年12月の番組では、〈すりむいたまま 僕はそっと歩き出して〉が〈グッとフレ ーズ〉に、今回2025年8月の番組では〈ないかな ないよな きっとね いないよな/会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ〉〈ないかな ないよな なんてね 思ってた/まいったな まいったな 話すことに迷うな〉という〈ないかな ないよな〉をめぐる対比的な歌詞が〈グッとフレ ーズ〉にされている。TBS『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』シリーズは毎回「若者のすべて」の歌詞を丁寧に考察していることが分かる。

    

 「若者のすべて」には三つのキーフレーズ、〈グッとフレ ーズ〉があるだろう。TBS番組が示したように〈すりむいたまま 僕はそっと歩き出して〉のフレーズと〈ないかな ないよな〉をめぐる対比的なフレーズ、その二つに〈最後の花火〉〈最後の最後の花火〉という対になるフレーズを加えると三つになる。この三つのフレーズを複合的に交錯させながら、聴き手はこの歌の物語を心の中のスクリーンに投影していく。これが「若者のすべて」の尽きない魅力となっている。



2025年8月6日水曜日

「若者のすべて」の善きもの-小川洋子『サイレントシンガー』[志村正彦LN368]

 『サイレントシンガー』の「完全なる不完全」「不完全さがもたらす善きもの」という表現から志村正彦の歌が思い浮かんできたと前回書いた。今日は志村正彦の作品に即し書いてみたい。志村の歌の場合、この不完全さは表現の欠落や不在として現れている。


 例えば、「若者のすべて」の鍵となるフレーズ。

 ないかな ないよな きっとね いないよな
 会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ


 「ないかな」「ないよな」と「ない」が二つ反復される。しかし、いったい何が「ない」のか。それがわからないまま「きっとね」を挿んで、「いないよな」に続く。

 「会ったら言えるかな」とあるので、誰かと会うことが仮定されている。その誰かは、歌の主体〈僕〉にとって会ったら何を言えるか困惑するような相手、おそらくは恋愛対象のような存在のことだろう。この場面全体が「まぶた閉じて浮かべている」と閉じられていることもその印象を強くしている。

  繰り返される「ないかな」「ないよな」に焦点を当てれば、その「ない」の主語は誰かと再会するという出来事になるかもしれない。つまり、再会することが「ない」という意味になる。あるいは、「い」「ない」に焦点化すれば、その主語は人間になる。恋愛対象のような人間が「いない」ことになる。

 この二行のフレーズは、歌の主体「僕」、その背後にいる作者志村正彦の複雑で陰影に富んだ心象風景を表してるだろう。そしてその繊細な表現が聴き手の心にやわらかく作用していく。小川洋子『サイレントシンガー』の言葉に依拠してこの二行を捉えるなら、不在や否定という不完全な表現をすることが、この歌に「善きもの」をもたらしている。

 再会が「ない」、人が「い」「ない」。出来事の不在、人の不在。どちらにしても、「ない」「いない」という不在や否定の反復によって、不完全な関係を表現している。また、その不在や否定に、「…かな」「…よな」「…ね」「…よな」という〈僕〉の戸惑い示す助詞をつけることによって、曖昧さやある種の迂回が付加され、表現がある種の不完全さを帯びる。

 このような表現によって、「若者のすべて」は完全なる不完全な歌として存在している。「ないかな ないよな きっとね いないよな」という不在や欠落を帯びた不完全なフレーズが、この歌そのものとその聴き手に「善きもの」を与えている。歌詞だけでなく、メロディやリズムにも、抽象的にしか言えないのだが、どこか完全な不完全さを帯びているように聞こえる。儚いがかけがえのない楽曲という感触だ。志村正彦は完全なる不完全を無意識に追い求めたのかもしれない。


 今年の夏はマクドナルドのCM「大人への通り道」篇で「若者のすべて」が使われた。ときどき放送される映像には「♪若者のすべて/フジファブリック」という表示が小さく示されていた。CMの場合は曲名と歌手・バンド名のみが記されるのが基本だから、作者の「志村正彦」の名がなかったことに特に違和感を覚えなかった。志村の名を知ることがなくても、この歌を気に入り口ずさむ人が増えてくるだろう。そして、音源や映像に関心を持つ人もきっと出てくるだろう。ささやかなものかもしれないが、人々に善きものを与えるだろう。


 志村正彦という固有名について思いをめぐらすと、小川洋子『サイレントシンガー』のリリカのことが浮かんできた。

 仮歌の歌手リリカの名が記されることは絶対にない。名は最初から最後まで「ない」ものとして扱われる。リリカの存在もまた「ない」ものようである。しかし、毎日夕方の五時になると、少女が歌う『家路』が町役場から流れてきて、人々はその歌に耳を澄ませる。

 年に二度、7月に「若者のすべて」、12月に「茜色の夕日」が富士吉田市役所の防災無線のチャイムとして、これからもずっと流されてゆくだろうが(それを強く願うが)、遠い未来において、志村正彦という固有名を知る人が少なくなったとしても、あるいは忘れられてしまったとしても(そんなことはないと筆者は確信しているが)人々はこの歌に耳を澄ませるだろう。

 「若者のすべて」は善きものを与え続けるだろう。


2025年7月20日日曜日

「若者のすべて」のチャイムと小川洋子『サイレントシンガー』の冒頭シーン[志村正彦LN366]

 今年も、志村正彦の誕生日をはさむ7月7日から13日まで、富士吉田の防災行政無線の夕方6時のチャイムが志村作詞・作曲のフジファブリック「若者のすべて」に変更され、その音が市内に響いた。

 その映像がYouTubeで流されたり、SNSで語られたりした。夏7月の「若者のすべて」と冬12月の「茜色の夕日」は富士吉田の風物詩とも言えるチャイムとなっている。7月と12月をあわせて、今回で28回目を迎えるという。


 6月30日、小川洋子の『サイレントシンガー』(文藝春秋)が刊行された。六年ぶりの原稿用紙400枚の長篇小説。早速手に入れて、一日かけてゆっくりと読んでいった。




 冒頭のシーンを読んでいくうちに、志村正彦のチャイムのことが浮かんできた。長くなるが引用したい。(ちなみに、この箇所を含む部分が発行元の「試し読み」に掲載されている)   


 毎日、夕方の五時になると、町役場から流れる『家路』が、山の中腹に広がるE-5地区にまで聞こえてくる。

響きわたる  鐘の音に
小屋に帰る  羊たち

 歌声は、麓を伝い、稜線を越え、森を抜けてくる間に、遠のいたり渦を巻いたり途切れ途切れになったりする。それでも、歌っているのは小さな女の子だ、というのは分かる。

夕日落ちた  ふるさとの
道に立てば  なつかしく

 一音一音、何の迷いもなく、のびやかに空中に広がってゆく。目を見開き、両手を脇にぴたりとつけ、爪の先まで真っすぐにのばして歌っている姿が、目に浮かんでくる。

ひとつひとつ 思い出の
草よ花よ 過ぎし日よ
過ぎし日よ

 まだ十分な厚みを持っていない舌のせいで、言葉の端々にあどけなさが漂っている。きっと、過ぎし日、などという言葉の意味も知らないに違いない。


 「若者のすべて」の歌詞を知るものなら誰でも、冒頭の一行から「夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて」という一節を想い出すのではないだろうか。

 ある町に夕方五時に流れる「家路」は、ドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調「新世界より」第2楽章のメロディに弟子の音楽家ウィリアム・フィッシャーが歌詞を付けた「Goin' Home」を、文学者・作詞家の野上彰が翻訳したものである。この曲の歌詞では、堀内敬三「遠き山に日は落ちて」の方が親しまれているが、他のヴァージョンもたくさんあり、宮沢賢治の歌曲「種山ヶ原」はその最も初期のもののようだ。

 この小説では「家路」は町役場が録音したテープで流されている。富士吉田の「若者のすべて」も、期間は限定されているが、市役所の無線のチャイムとして放送されている。「家路」も「若者のすべて」も、その町その市の人々に親しまれている。


 繰り返し再生されて録音が古びてしまったせいなのか、あるいは元々そうなのか、『家路』は町の役場よりももっと遠いどこかから、長い時間を経てはるばる届いているかのような錯覚を呼び起こす。皆をここではないどこかへ帰りたい気持ちにさせる。そこが心休まる場所であろうと、なかろうと、そもそも帰るべき場所がどこなのか分からなくとも、とにかく家路につく時が訪れたのだ。
 歌声は、帰る、というそこはかとなく心細い歩みに寄り添う。先頭を羊たちが導き、最後尾を歌声が見守る。それなのに、この歌をうたっているのが誰なのか、知っている者はいない。知ろうとする者さえいない。


  「家路」の録音テープは、町の「皆をここではないどこかへ帰りたい気持ちにさせる」が、「この歌をうたっているのが誰なのか」を知っている者も知ろうとする者さえもいない。やがて、この『家路』を歌っている小さな女の子が「リリカ」であることが明かされる。小川洋子はリリカの一生を静謐な声で語ってゆく。題名の「サイレントシンガー」、沈黙の歌い手という矛盾する言葉の組み合わせが、この小説の本質をかたちづくる。


 「家路」の歌詞には「響きわたる  鐘の音に」「小屋に帰る  羊たち」「夕日落ちた  ふるさとの」「道に立てば  なつかしく」「ひとつひとつ 思い出の」「草よ花よ 過ぎし日よ」という言葉がある。夕方、ふるさとの家に帰る道沿いで草や花を見て、なつかしさにつつまれて過ぎし日を想い出す。

 この歌のモチーフから志村正彦のいくつかの歌を想起した。

 例えば、「若者のすべて」の「街灯の明かりがまた 一つ点いて 帰りを急ぐよ/途切れた夢の続きをとり戻したくなって」、「茜色の夕日」の「茜色の夕日眺めてたら/少し思い出すものがありました/晴れた心の日曜日の朝/誰もいない道 歩いたこと」、「陽炎」の「あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ/英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ/また そうこうしているうち次から次へと浮かんだ/残像が 胸を締めつける」、そして「赤黄色の金木犀」の「赤黄色の金木犀の香りがして/たまらなくなって/何故か無駄に胸が/騒いでしまう帰り道」。


 〈帰りを急ぐ〉〈途切れた夢の続き〉〈茜色の夕日〉〈少し思い出すもの〉〈あの街並〉〈残像〉〈金木犀〉〈帰り道〉、一連の風景やモチーフが志村の世界を貫いている。

 彼の歌の中心に、〈故郷に帰る〉、そして矛盾するようではあるがその逆の〈故郷に帰ることができない〉という心のあり方を感じる。

 小川洋子の『サイレントシンガー』、「家路」の歌詞、リリカの歌声は、このような志村正彦の歌を喚起させた。

                      (この項続く)


2025年7月18日金曜日

「若者のすべて」/マクドナルドCM「大人への通り道篇」[志村正彦LN365]

 今日、関東地方で梅雨が明けた。ここ数日の雨模様の天気から晴天に一変。真夏の日差しに包まれた。眩しい光の季節の到来だ。

 午後3時少し前のことだった。

 PCで作業をしていると、壁際のテレビから突然、志村正彦の声が聞こえてきた。「若者のすべて」の冒頭だ。驚いて画面を見ると、マクドナルド・ハンバーガーのCMだった。永作博美の姿とドライブスルーが見えた。


 早速、YouTubeのマクドナルド公式を探すと、「大人への通り道」篇というCMが見つかった。「“家族”に寄り添い続けるブランド、マクドナルドが届ける新TVCM」「永作博美さんが母親役で、マクドナルドのTVCM初出演!ドライブスルーを通じて、母が子の小さな成長に気付くハートフルストーリー〜新TVCM『大人への通り道』篇 2025年7月15日(火)より地上波にて放映開始〜」と書かれていた。三日前から放送が始まったようだ。

 「大人への通り道」篇 には30秒ヴァージョンと60秒ヴァージョンの二つある。60秒、30秒と連続して再生される映像を紹介したい。





   夏を予感させるあの印象深いイントロから、志村の声が「真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた/それでもいまだに街は 落ち着かないような 気がしている/夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて」まで、画面の物語の背景に響いていく。ロケ地は長崎。免許を取った息子が運転する軽乗用車に同乗する母(永作博美)と娘。長崎名物の市電が接近する。マックのドライブスルーに行き、ダブルチーズバーガーを注文。「ドライブスルーは、大人への通り道」という言葉で映像は終わる。

 マクドナルド公式(McDonald’s)の説明にはこうある。

CM「大人への通り道篇」は誰もが一度は経験する“成長の通過点”を、ドライブスルーという舞台でやさしく描いています。ついこの間まで後部座席にいた息子が、いまは自分の運転で家族をドライブスルーに連れてきてくれている。その成長に、よろこびと、ほんの少しの切なさがこみ上げます。親子の関係性が変わっても、ずっと訪れる場所でありたい。そんな願いを込めています。 


 フジファブリックには「Cheese Burger」という愉快な歌がある。マクドナルドのラジオCMだった。それ以来のフジファブリックの音源起用になるのだろう。

 それにしてもなぜ、「大人への通り道」篇に「若者のすべて」が使われたのか。「真夏のピークが去った】という季節感、「それでもいまだに街は 落ち着かない」という街のざわめき。夏という時。夏という場。夏の感触。そしてCMでは流れなかったが、「世界の約束を知って それなりになって また戻って」という一節が、このCMの「大人への通り道」というモチーフにつながるのだろうか。


 今回のCMの「ダブルチーズバーガー」を注文する息子の声は、「Cheese Burger」の「チーズ とろけそうなチーズ/パンにはさんだビーフ 想像しただけで 早歩き」という志村正彦の声と呼応しているのかもしれない。そう考えると、このCMが愛おしくなる。


2024年9月29日日曜日

『若者のすべて』カバー、suis from ヨルシカ/大島美幸・こがけん/ガチャピン。[志村正彦LN355]

 2024年の夏は、suis from ヨルシカによる『若者のすべて』カバーが、映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』の主題歌として話題を集めたが、大島美幸・こがけん、ガチャピンによる素晴らしいカバーが続いた。今日はこの三つのカバーについて触れたい。


 まず、suisのコメントから始めたい。suisは、10代後半の頃、あるアーティストの「若者のすべて」弾き語りカバーをライブ配信で聴いて、すごくいい曲だと衝撃を受けたそうだ。『suis from ヨルシカ 特集|フジファブリックの名曲「若者のすべて」カバーで描く“未知への希望”』という記事で、当時の想いについてこう述べている。

歌詞やメロディ、志村さんの歌声に“青春の延長”みたいなニュアンスを感じたんです。その頃の私は青春時代を過ごしていたんですけど、「これはいつか過ぎ去るものなんだ」と思っていて。「若者のすべて」には、過ぎ去ってしまった青春を未来から見ている感覚があったんだと思います。

 この歌を〈過ぎ去ってしまった青春を未来から見ている感覚〉として受けとめたというのが興味深い。志村正彦のかなりの作品には、未来から現在そして過去へと遡っていく視線があるからだ。時間への独特な眼差しが彼の歌に深みと広がりを与えている。

 suisが歌う『若者のすべて』には Music Videoがある。映像は、映画「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」ではなく、新たに制作された。監督は映画と同じ三木孝浩。二人の女の子は、映画で早坂秋人(永瀬廉)の妹夏海を演じていた月島琉衣と豊嶋花。キャスティングのつながりがあるので、あたかも早坂夏海の世代の物語のように見えてくる。

 suis from ヨルシカ 「若者のすべて」 Music Vide【2024/06/28】



 以前、「若者のすべて」の「僕ら」について次のように書いたことがある。

 「僕ら」とは誰なのか。
 『若者のすべて』の物語の鍵となる問いだ。「最後の花火」系列では、「会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ」と「まいったな まいったな 話すことに迷うな」という二つの対比的なモチーフが要となっている。「まぶた」を閉じた「僕」は「まぶた」の裏の幻の相手に対し「会ったら言えるかな」と、「まぶた」を開けた「僕」はその眼差しの向こうの現実の相手に対し「話すことに迷うな」と、心の中で語り出す。
 「僕ら」という一人称代名詞複数形によって指示されるのは、歌の主体「僕」と、「僕」の眼差しの対象である相手との二人であろう。「僕」の強い欲望の対象となっている相手であるから、恋愛の対象とみるのも自然だ。「僕」にとってその相手は、恋愛の関係である、あった、あるだろう、あるいはありたい、という枠組みで括られると読むのが普通なのだろう。しかし、恋愛の物語としての『若者のすべて』というのは動かしがたい解釈なのだろうか。
 「恋愛」という関係性は、その本質からして閉じられていくものだが、「僕らは変わるかな」という問い、「同じ空を見上げているよ」という眼差しからは、閉じられていくというよりも、開かれているような、そして、おだやかに変化しつつある関係性のようなものが伝わってくる。微妙ではあるが、その実質には「友愛」のような関係性も入り込んでいるように、私には感じられる。
 この場合の「友愛」とは、「愛」と呼ばれる関係からエロス的なものを排除したものであり、友人、仲間、同じ世代や同じ志を抱く共同体にゆるやかに広がっていく。そのような関係に基づく「僕ら」は、『若者のすべて』が収録されている『TEENAGER』のコンセプトにもつながるような気がする。十代の若者たち、今その世代に属する者も、かってその世代に属していた者も、これからその世代に属することになる者にとっても、「僕らは変わるかな」という問いはリアルなものであり続けるだろう。


 三木孝浩監督による「若者のすべて」Music Videoの「僕ら」は、月島琉衣と豊嶋花が演じる二人の女の子である。

 冒頭、花火のシーン。豊嶋花「ね」、月島琉衣「うん」、豊嶋花「来年もまた花火を一緒に見れるかな」。月島琉衣は返事をしないで少しだけ微笑む。豊嶋花は不安そうな表情。映像の最後では季節が冬へと変わり、二人はひとりひとりで別の場所にいる。この二人に何があったのかは、見る者の想像に委ねられているが、「僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ」というフレーズに収斂していくことは間違いないだろう。


若者のすべて/フジファブリック/Miyuki Oshima/ Kogaken【2024/07/26】

  


 大島美幸[森三中]とこがけん(古賀憲太郎)のデュエットによる『若者のすべて』。このカバーの「僕ら」は、この歌を愛する同志、芸人仲間のことになるだろう。二人の生まれは1980年と1979年。志村正彦と同年、同世代である。同世代の「僕ら」が同じ空を見上げているかのように、美しいハーモニーで歌っている。


【最後の花火に今年もなったな】フジファブリック - 若者のすべてをガチャピンが歌ってみた。 Fujifabric - Wakamono No Subete 【2024/09/01】



 あのガチャピンが『若者のすべて』を歌う。これには驚いたが、聴いた後でその質の高さにさらに驚いた。東京お台場のフジテレビ本社などを背景に、ビルの屋上で佇みながら一人で孤独に歌う姿。夕方から夜にかけてのウォーターフロントの灯りがとても美しい。

街灯の明かりがまた 一つ点いて 帰りを急ぐよ
途切れた夢の続きをとり戻したくなって

 ガチャピンの〈途切れた夢の続き〉は何だろうか。そんなことを想う。ここからそう遠くはない場所で、フジファブリック20周年記念「THE BEST MOMENT」ライブが開かれたことも想い出す。いろいろな想いが浮かんでくる歌であり、映像である。


  志村正彦・フジファブリック 『若者のすべて』のカバーのすべては、すぐにはたどりきれないほどの数となっきたが、そのひとつひとつのすべてが愛おしい。夏の終わりの季節のこの歌は、つねにすでに懐かしくなる。


2024年9月22日日曜日

歌を創り歌う者、歌を歌い継ぐ者。[志村正彦LN354]

 映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』について断続的に四回書いてきたが、五回目の今回で完結させたい。(後半の重要な台詞についての引用があることをお断りしたい)


 映画の題名どおり、春菜と秋人は各々の余命を生き、各々が旅立っていく。しかし、二人の死があからさまに描かれることはない。むしろ、その死のあとに遺されたものに焦点があてられる。

 明菜が亡くなると、スケッチブックが遺される。そのなかの言葉が春菜の声で語られる。

(春菜)秋人君へ ここが 今の私にとっての天国です 秋人君は つらいばかりだった この場所を あたたかで まぶしい場所に変えてくれたんだ ここで 私はたぶん 一生分 笑えました ここで 一生分の涙を流しました 早く死にたいと思ってた私が 一日でも長く生きたいと思えるようになりました  秋人君のおかげで 本当に幸せだったよ だから秋人君も 私の分まで長生きして ーもっともっと幸せになってー もっともっと すてきな絵を描いてね 

  《回想シーン》(秋人)それ 何描いているの?(春菜)内緒

(春菜)そしていつか 空の向こうで おじいちゃんになった秋人君と再会できる日を 楽しみにしています そのときは 君のこと “親友”って呼んでもいいよね

最後に 数えきれない お花のお返しに 私も お花を贈るね

 春菜のスケッチブックには三本のガーベラが描かれていた。

 この後、秋人は懸命に絵を描き、出術を受けて、美大に合格し、家族と旅行に出かけ、綾香を良き友にして、余命を生き続けようとする。


 数年後、綾香は社会人となる。再入院した秋人の見舞いに行く途中で花屋に寄ると、あるSNSのサイトを見つける。秋人が春菜にあげたガーベラの画像があった。

 病院の屋上で秋人は、〈人生最後の絵〉いや〈春菜にもらった第二の人生最初の絵〉を描いている。秋人の腫瘍は転移し、死が迫っていた。綾香はガーベラの画像のあるSNSのことを秋人に教える。そこには限定公開のエリアがあった。秋人はパスワードを探しあてる。そこには、

  余命半年と宣告された私が、余命一年の彼と出会った話

という題名のもとに、一連の記述が続いていた。春菜の視点からのもう一つの物語が展開していく。この映画では、秋人による〈余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話〉と春菜による〈余命半年と宣告された私が、余命一年の彼と出会った話〉の二つの物語が重層的に織り込まれる。

 春菜の言葉のなかで大切なところを引用する。

(春菜)秋に生まれた君へ 

秋人君がくれたガーベラの写真と 私の思いをつづっておくことにしました

この記述から、春菜は秋人の余命のこともすべて知っていたことが、秋人に伝わる。そして、大切なことが記されていた。

そして私が先に死んで 空の上から君を見守るから

花火の夜 言えなかったことは 伝えないままでいくね

《8月20日花火の夜、回想シーン》

(春菜)あのね 私ね (花火の音)本当のこと言うと 秋人君のことが…

 ここでも、春菜の〈本当のこと〉は言葉として書かれることはなかった。 

(春菜)だけどもし 巡り巡って 君がこれに気づいてくれたら 信じたい それが ずっと意地悪だった神様が 最後に私にくれた贈り物なんだって ねえ 君はきっと 6本のガーベラの意味を知って届けてくれていたんだよね 長い間 病院暮らししてるとね 見舞い花の花言葉は ひととおり 覚えちゃうもんなんだ 秋人君も知ってると信じて 私は 3本のガーベラの花言葉を 君に贈ります

 春菜のスケッチブックに描かれた三本のガーベラの絵の画像がスマホの画面に映し出される。三本のガーベラの花言葉〈あなたを愛しています〉という意味だ。春菜から秋人へ、花の絵が、花の言葉が贈られる。

 秋人は余命宣告から3年半後に亡くなった。綾香が三本のガーベラの花束を二つ抱えて墓参りに行くシーンで映画は終わる。秋人と春菜だけでなく、綾香の物語もあることを忘れてはならない。この映画では、秋人、春菜、綾香の三人の物語が語られる。


 物語の終了後、エンドロールに、suis(ヨルシカ)が歌う『若者のすべて』が聞こえてくる。やがて、展覧会場のある絵がクローズアップされてくる。その絵のキャプションにはこうある。

  二科展入選作
  早坂秋人・桜井春奈共作
  ふたりの空 (油彩/キャンパス)

 この絵はもともと、春奈が自分のスケッチブックに描いていたものだ。その絵を秋人が油絵として完成させた。だから、二人の共作であり、題名も「ふたりの空」となったのだろう。

  エンドロールには次の表示があった。

  劇中使用曲
  「若者のすべて」フジファブリック 作詞・作曲 志村正彦

  主題歌
  「若者のすべて」suis from ヨルシカ 作詞・作曲 志村正彦 編曲 亀田誠治

 原曲とカバー曲は、劇中使用曲と主題歌として位置づけられている。そして、『若者のすべて』の作詞・作曲者が志村正彦であることを明確に記している。このようなクレジット表記にも、監督をはじめとする制作者側の志村正彦・フジファブリックへのリスペクトが感じられた。

 今回は、〈映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』予告編 - Netflix〉を添付する。suis(ヨルシカ)が『若者のすべて』を歌うヴァージョンの予告編だ。
 同じ映像を背景にしても、志村の声と歌い方、suisの声と歌い方とではずいぶん印象が異なる。それでも、映画本編には劇中使用曲として志村正彦の歌を使い、終了後の主題歌としてsuisの歌を使ったのは、“残す者、残される者”、“歌を創り歌う者、歌を歌い継ぐ者”というモチーフを徹底させたからだろう。



 
 あらためて、映画を見て、この二つの歌を聞き比べた。

 劇中の志村の歌は、あたかも志村が空の彼方から春菜と秋人を見守るかのように聞こえてくる。終了後のsuisの歌は、あたかも映画の鑑賞者の私たちの視点から、春菜と秋人の二人、そして志村正彦のいる空を見上げているかのように聞こえてくる。


 志村正彦は『若者のすべて』で、〈僕らは変わるかな 同じ空を見上げている〉と歌った。この歌詞の意味を受けとめると、三木孝浩監督映画『余命一年の僕が、余命半年の君に出会った話。』は、制作者が意図したように、死ではなく生を描こうとした作品であることが伝わってくる。

2024年9月8日日曜日

《小説の世界》《歌詞の世界》《現実の世界》 [志村正彦LN353]

 8月2日の記事〈虚構内の現実としての『若者のすべて』[志村正彦LN349]〉で、映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』の虚構の世界のなかで『若者のすべて』の作詞作曲者であり歌い手である志村正彦、フジファブリックの音楽が現実に存在していると書いた。一月ほど間が開いたが、再び、この映画について語りたい。

 なぜこの映画のなかに『若者のすべて』が存在しているのか。原作小説の森田碧『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』でも花火に関する出来事は語られているが、『若者のすべて』との関係は特にない。映画の方はこの曲を劇中使用曲にしたのだが、三木孝浩監督はその理由と経緯についてSTARDUSTのインタビューでこう述べている。


新たに作るのではなくて「みんなが知っている思いを乗せられる楽曲をモチーフにしたいね」という話が最初からあって、いろんな楽曲の候補が出た中でプロデューサーからフジファブリックの「若者のすべて」を提案してもらいました。僕もすごく好きな曲で、ヨルシカのsuis(スイ)ちゃんにカバーしてもらっているんですけど、志村さんが亡くなられた後もみんなが歌い繋げてきたという部分と、秋人と春奈の2人の思いをその先に生きていく人が引き継いでいく部分と同じだなと思う側面があって「これだ!」と思いました。この曲は夏の終わりの切なさを歌っているんですけど、僕はむしろ今この瞬間のエモーションを大切にしたいという曲の持っているポジティブなメッセージを2人の距離が近づいていくシーンで流したいという意図があって、この映画の切なさより力強さを表すことができたと思いました。


 『若者のすべて』を〈みんなが知っている思いを乗せられる楽曲〉として採用したようだが、この〈みんな〉には、現実の世界でこの歌を知っている〈みんな〉だけでなく、〈春菜〉を中心とする映画内の虚構の人間も含まれている。また、〈志村さんが亡くなられた後もみんなが歌い繋げてきたという部分〉と〈秋人と春奈の2人の思いをその先に生きていく人が引き継いでいく部分〉とを重ねあわせる意図があったようだ。監督をはじめとする制作者側は、『若者のすべて』の曲としての運命のようなものをこの映画の主題にも関わらせようとしている。現実と虚構の架橋をする効果も考えたのかもしれない。

 三木監督はWEBザテレビジョンのインタビューではこう語っている。


フジファブリックの志村正彦さんが作った曲で、志村さんは29歳の若さで亡くなっています。それでも、彼の音楽はいろんな人がカバーしていますし、引き継がれている。それがこの作品の“残す者、残される者”という部分にリンクしているな、と。


 つまり、志村正彦は亡くなったが作品は引き継がれている、という現実を強く意識し、その現実をこの映画の“残す者、残される者”というモチーフと結びけたことを率直に述べている。そのような意図があれば、志村正彦の声によるオリジナルの音源を劇中使用曲にするのは必然だった。


 この映画には、原作小説『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』の《小説の世界》、『若者のすべて』で歌われる《歌詞の世界》、夭折した志村正彦の作品が歌われ聴かれ続けているという《現実の世界》という三つの世界が織り込まれている。《小説の世界》《歌詞の世界》《現実の世界》という三つの世界をつなけるのは、“残す者、残される者”というモチーフである。

 三つの世界を重ね合わせるという構想を実現させるのは、端的に言って難しい。この映画は、8月20日の花火をめぐる出来事までの前半とそれ以降の後半とに大きく分けられる(より正確に言うと三つに大別されるが、これについては後述したい)。秋人(永瀬廉)と春奈(出口夏希)が出会い、互いに対する想いを深めていく前半で、春奈が大切にしている歌として『若者のすべて』が流れる。歌詞にある〈最後の花火〉〈最後の最後の花火〉というモチーフが映画と密接な関係を持つ。しかし、後半では《花火》のモチーフは遠景に遠ざかり、《空》とその彼方というモチーフが強まっていく。歌詞のなかの言葉で言えば、最後のフレーズの〈僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ〉が前面に出てくる。


 前半と後半との間で一貫したモチーフとして登場しているのは、絵画と絵を描くこと、ガーベラの花とその花言葉である。そもそも、スケッチブックの絵が二人を結びつける契機となった。Netflix の一連の映像には、二人の出会いとスケッチブックの絵に焦点をあてたものがある。

その〈秋人を照らした春奈の無邪気な笑顔 | 余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。| Netflix Japan〉を紹介したい。




 この絵を描くことが、映画の後半とラストシーンにつながっていく。花火を見ることから、空を見上げること、さらに空の彼方を見つめることへとモチーフが展開していく。
 《花火》と《空》。この二つは『若者のすべて』の中心のモチーフである。
 
   (この項続く)

2024年8月31日土曜日

〈還らぬと知っているからこそ祈る〉[志村正彦LN352]

 今日は8月31日。台風のために雨が降り続いている。ときに激しい雨や雷雨になる。酷暑が続いたが、気温は低くなってきた。ようやく、真夏のピーグが去っていくのだろう。この夏を振り返りたくなった。近いところから遡っていきたい。

 昨夜、8月30日、たまたまテレビのチャンネルをつけると、志村正彦・フジファブリックの「若者のすべて」が流れていた。テレビ朝日「ミュージックステーション」の「国民的夏の終わりラブソングtop10」という特集でこの歌が第六位に選ばれていた。夏の終わりになるとテレビやラジオからこの歌が聞こえてくる。気がつかないだけで、いろいろな夏の場面で「若者のすべて」が使われているのだろう。


 8月18日、アラン・ドロンが亡くなった。僕の世代だと洋画の美男俳優はアラン・ドロン一択だった。彼の出演作ではルキノ・ヴィスコンティ監督の『若者のすべて』(1960年、イタリア)が最も印象深い。貧しい南部からミラノやってきた母と五人兄弟の一家の物語。アラン・ドロンが演じる三男のロッコは、都会の生活には合わず、故郷に帰りたいと思っている。家族を深く愛しているが、そのためにと言うべきだろうか、残酷な悲劇が起きる。アラン・ドロンの美しい眼差しがギリシャ悲劇のような純度をこの映画に与えている。三時間近い作品だが、必見の映画だ。

 イタリア語の原題は『ROCCO E I SUOI FRATELLI』。直訳では『ロッコと彼の兄弟』だが、『若者のすべて』という邦題が付けられた。原題とはかなりの隔たりがある邦題になった理由や経緯は不明だが、五人の兄弟、五人の若者たちの様々な人生の光と影を描いたという意味で、〈若者のすべて〉という題が付けられたのかもしれない。 

 『若者のすべて』の映像作品というと、1994年のフジテレビ制作のテレビドラマが有名だが、ヴィスコンティ監督『若者のすべて』の方が本家である。志村正彦が映画『若者のすべて』、ドラマ『若者のすべて』を実際に見ているのか分からない。今ではもう〈若者のすべて〉という言葉は作品名を超えて普通の名詞のようにも使われている。


 最後はやはり、8月4日のフジファブリック20周年記念ライブ「THE BEST MOMENT」。

  『モノノケハカランダ』『陽炎』『バウムクーヘン』『若者のすべて』は志村正彦の歌と映像、『茜色の夕日』は志村の歌とステージの生演奏を合わせた演出が記憶に強く刻まれている。

 そのスクリーンとステージのことを思いだしても、その時の感情を言葉ではなかなか表現できなかった。今日、この文章を書いているうちに、学生時代に読んだ小林秀雄の『本居宣長』の最終章の言葉が浮かんできた。小林はこう書いている。


 万葉歌人が歌ったように「神社(もり)に神酒(みわ)すゑ、禱祈(いのれ)ども」、死者は還らぬ。だが、還らぬと知っているからこそ祈るのだ、と歌人が言っているのも忘れまい。神に祈るのと、神の姿を創り出すのとは、彼には、全く同じ事(ワザ)なのであった。死者は去るのではない。還って来ないのだ。と言うのは、死者は、生者に烈しい悲しみを遺さなければ、この世を去る事が出来ない、という意味だ。それは、死という言葉と一緒に生れて来たと言ってもよいほど、この上なく尋常な死の意味である。


 生前の志村正彦をまったく知らない僕は、この〈烈しい悲しみ〉を抱く身ではない、と言える。そのような間柄があるわけではない。しかし、ここで書かれた〈死者は去るのではない。還って来ないのだ〉という言葉は、僕のような身にも強く響いてくる。

 あの日、志村の映像の姿を見て、志村の音源の声を聴いて、身に迫ってきたのはおそらく、彼は永遠に還って来ない、ということだと、今は振り返ることができる。


 春は〈桜の季節過ぎたら/遠くの町に行くのかい?〉(「桜の季節」)、夏になると〈真夏のピークが去った/天気予報士がテレビで言ってた〉(「若者のすべて」)、そして秋は〈もしも 過ぎ去りしあなたに/全て 伝えられるのならば〉(「赤黄色の金木犀」)と歌われる。

 春、夏、秋と、過ぎていく時間、去っていく季節、過ぎ去った人、というように、志村正彦は、過ぎ去る、過ぎ去ってしまった、何か、誰かへの想いを繰り返し歌ってきた。それはまた、そのすべてが還って来ない、ということでもある。そして、小林秀雄が言うように、〈還らぬと知っているからこそ祈る〉のであるだろう。


2024年8月2日金曜日

虚構内の現実としての『若者のすべて』[志村正彦LN349]

 映画『余命一年の僕が、余命半年の君に出会った話。』で、志村正彦・フジファブリックの『若者のすべて』が流された後で、二人は8月20日の花火大会を病室で一緒に見る約束をする。しかし、秋人が映画館で倒れてしまう。その直後(というか時間的には同時の設定なのだろうが)春菜が『若者のすべて』を鼻歌で歌うショットに切り替わる。春菜は花火の日の晴天を願って作ったてるてる坊主を見つめながらこのメロディを鼻歌で歌うのだ。

 つまり、映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』という虚構内の現実で、『若者のすべて』という歌が存在していることになる。花火を秋人と一緒に見たい春菜にとって、この歌は特別な歌であったと想像される。そして、『若者のすべて』の作詞作曲者であり歌い手である志村正彦が、虚構の世界の中で存在していることになるだろう。


 結局、二人が一緒に花火を見る約束は果たされなかった。秋人は心臓に機械を埋める手術をするために緊急入院し、意識が戻ったのはちょうど8月20日だった。春菜は秋人に電話をかけ続けたのだが、やっと電話が通じた。花火が打ち上がる音。二入は別々の病室で、花火を、同じ空を見上げている。『若者のすべて』の〈ないかな ないよな〉のフレーズのメロディが流れる。

  春菜は〈もう少しだけこの電話を切らないで〉と言う。〈花火見るの これが最後かな〉と言う。このシーンを中心に編集した〈叶わなかった8月20日の花火の約束 | 余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。〉というタイトルの映像がある。



これに続く場面が重要である。二人の台詞を紹介する。


秋人君 あのね 私ね 本当のこと言うと…

(フィナーレの連発、花火の音)
何? なんか言った?

(春永が鼻をすする音)
ううん 花火 終わっちゃったね


 春菜は《ほんとうのこと》を言うことが、やはり、できない。〈始まる前から終わりがある恋〉が怖いという想いでいるのかもしれない。〈終わりがある恋〉が怖いという気持ちは誰にもあるだろうが、〈始まる前から終わりがある恋〉が怖いというのは、余命という現実を生きる者にしか分からない。春菜が《ほんとうのこと》を言えないまま、8月20日の花火は終わってしまう。あるいはこの日に、春菜は病室で秋人と一緒に過ごし、花火を見ながら《ほんとうのこと》を言うつもりでいたのかもしれない。この一連の場面の脚本と演出には、『若者のすべて』の〈会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ〉というフレーズが影響している可能性もある。


 さらにこの場面から、映画からは離れてしまうが、志村正彦・フジファブリックの『夜汽車』という歌を思いだした。

話し疲れたあなたは 眠りの森へ行く
夜汽車が峠を越える頃 そっと 静かにあなたに本当の事を言おう
   

 夜汽車の車中で、歌の主体は〈あなた〉に〈本当の事〉を言おうとする。しかし、〈あなた〉に〈本当の事〉が伝わることはないだろう。〈夜汽車〉が峠を越えても、おそらく〈あなた〉は〈眠りの森〉の中にいる。そもそも〈本当の事〉が声として語られることはないように思われる。〈本当の事〉を言うことができないというモチーフは志村正彦が繰り返し歌ってきたものだ。あるいは、このようなモチーフがどこかでこの映画に影響を与えているのかもしれない。

    (この項続く)

   

2024年7月30日火曜日

二人の《ほんとうのこと》、現在と未来への歌 [志村正彦LN348]

 Netflix制作の映画『余命一年の僕が、余命半年の君に出会った話。』の開始40分後のシーンで、志村正彦・フジファブリックの『若者のすべて』が流れてくる。前々回でも書いたが、今回はそのシーンをより詳しくたどっていきたい。

 このシーンは、二人の恋愛についての問答が中心となっている。

 秋人が「春菜はどうなんだよ。好きな人とか」と問いかける。以下、字幕つきの映像に基づいて、秋人のセリフは青、春菜のセリフは赤、状況の説明は黒で記す。    

怖いの 期限つきの恋

え?

始まる前から終わりがある恋をするの
いいな 明人君は 片思いでも何でも未来があって


秋人は独り言のように小声で呟く。

違う 俺も未来なんてないよ 俺だって……

君は長生きすること その恋を諦めないために

明人君が どんな人を好きになって どんな家族を持って どんなおじいちゃんになるのか 天国から眺めていたいから
明人君は長生きしなきゃダメだよ


春菜がスマホで秋人を撮影する。シャッターの音がする。

それが私の今の願い事 かなえてくれる?

(秋人の内心の言葉)余命のことは 言わないと決めた

毎日来るよ

え?

毎日来るから

うん 待ってる 毎日待ってる

 この後『若者のすべて』のイントロが始まる。

“もうすぐ死ぬと分かっていたら何をしますか”
その答えは 残された時間を彼女のために使うことだ”


 秋人のセリフをはさんで、志村の声が聞こえてくる。


真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた
それでもいまだに街は 落ち着かないような 気がしている

夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて
「運命」なんて便利なものでぼんやりさせて

最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな

ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ


 ここまで紹介した場面は、〈若者のすべて - 2人が過ごしたささやかで特別な日常 | 余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。 | Netflix Japan〉という映像になっている。この映画で使われた志村正彦・フジファブリックの『若者のすべて』のすべてを聴くことができる。この映像を添付したい。




 この二人の対話の場面をもう一度振り返りたい。


 春菜は、〈期限つきの恋〉すなわち〈始まる前から終わりがある恋をするの〉が〈怖いの〉と語る。〈いいな 明人君は 片思いでも何でも未来があって〉という言葉に対して、秋人は〈違う 俺も未来なんてないよ 俺だって……〉と独り言のように小声で呟く。

 春菜は秋人の人生を〈天国から眺めていたい〉、〈秋人君は長生きしなきゃダメだよ〉と率直に伝え、〈それが私の今の願い事 かなえてくれる?〉とまで述べることによって、秋人は〈余命のことは 言わない〉と決める。

 このシーンでは、二人は各々の《ほんとうのこと》を相手に伝えることを禁じてしまう。春菜は、〈始まる前から終わりがある恋》が怖いと伝えることで秋人への想いを告げることを止めてしまう。秋人は、自らが長生きすることが春菜の願いであるであることを受けとめざるをえなくなって、自らの余命が一年であるという《ほんとうのこと》を伝えないことを決める。

 この《ほんとうのこと》を伝えないという決断によって、逆説的ではあるが、二人は各々の余命を共有するように生きていこうとする。そのような展開によって、このシーンの背後に流れる『若者のすべて』は、ある種の明るい色合いを帯びることにもなる。背景の映像は、病室での二人、病院の屋上での春奈、学校での秋人、スマホでのやりとり、教室、病室、花屋、ガーベラの花と続いていく。明るい光と色彩の感覚に満ちている。

 『若者のすべて』は、〈すりむいたまま 僕はそっと歩き出して〉いくという現在の決意と〈僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ〉という未来への想いを表現している。現在と未来に向かって歩んでいく歌である。


 そしてこの場面の後で、二人の《ほんとうのこと》、特に春菜にとっての《ほんとうのこと》を伝える重要なシーンが現れる。

   (この項続く)


2024年7月10日水曜日

『若者のすべて』と映画『余命一年の僕が、余命半年の君に出会った話。』[志村正彦LN346]

 今日7月10日は志村正彦の誕生日。彼が存命であれば44歳になる。ちょうど一週間前、フジファブリックの活動休止が発表された。メジャーデビュー20年という節目の決断なのだろう。

 十年前の2014年7月、山梨県立図書館を会場に「ロックの詩人 志村正彦展」を開催した。もう十年というのか、まだ十年というべきなのか、時の感覚をどう受けとめたらよいのか混乱する。年齢や周年の積み重ねは、ただただ、時の流れをあからさまに示す。

  そういうこともあってか、最近、志村正彦やフジファブリックの話題が多い。今日は、『若者のすべて』のドルビーアトモス版がApple MusicとAmazon Musicで配信されたと報じられた。

 6月27日には、Netflix映画『余命一年の僕が、余命半年の君に出会った話。』が配信された。劇中歌にフジファブリック『若者のすべて』が使われたと知って、配信開始日の夜にさっそく鑑賞した。(以降の記述には所謂「ネタバレ」があることをお断りします)


 映画は冒頭の病院屋上シーンから、『若者のすべて』のアレンジされたメロディが流れる。この美しく繊細なメロディは劇中で時々流れる。通奏低音のように全篇を貫いているともいえる。オープニングのタイトル表示の際には、「ないかなないよな」「同じ空を見上げているよ」のメロディが融合されていた。音楽担当の亀田誠治のアレンジだろう。開始40分経過した頃に、志村正彦の声が聞こえてくる。フジファブリック『若者のすべて』のオリジナルヴァージョンだ。エンディングのタイトルバックで流れる主題歌は、ヨルシカのsuis による『若者のすべて』のカバーだった。

 ティーザー予告編では、志村の声によるオリジナルヴァージョンが使われていた。この映像をまず紹介したい。

映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』ティーザー予告編 - Netflix

  



 この映画は、三木孝浩監督が森田碧の同名小説を映画化したものだ。脚本は吉田智子。主役「早坂秋人」は永瀬廉が演じた。NHKの2021年前期の連続テレビ小説『おかえりモネ』での「及川亮」役の演技が印象深かった。眼差の中に若者らしい力と孤独な翳りがあった。もう一人の主役「桜井春奈」は出口夏希。「春奈」の親友「三浦綾香」役は横田真悠。「花屋の娘」の「実希子」役は木村文乃。

 映画鑑賞後、小説『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』 (ポプラ文庫)も読んだ。映画と原作との差異を把握するためだ。映画タイトルの末尾には句点「。」が添えられていることに、初めて気づいた。予想していたよりも、映画は原作に忠実だった。出来事の順番の入れ換えや設定の変更などはいくつかあるが、重要な場面やその台詞はほぼ原作通りだった。注目していた花火をめぐる物語も原作にあったが、これに関しては『若者のすべて』を使うことによって演出上の変更が加えられている。


 物語は題名通りに展開する。余命一年の秋人が春奈と出会い、同じ時と場を分かち合い、そして各々の時を終えていく話である。

 作中人物には、春奈、秋人、夏美(秋人の妹)と季節の名が付き、ガーベラの花が物語の鍵を握っている。季節と花。原作、映画、そして志村正彦の作品にも共通する重要なモチーフである。「花屋の娘」実希子は秋人に、ガーベラ全体の花言葉が希望だと教えていた。実希子の名自体が「希望が実る」という意味を持っているのだろう。


 開始40分のシーンを振り返りたい。秋人が春奈に病院に「毎日来るよ 毎日来るから」と約束し、春奈が「うん 待ってる 毎日待ってる」と応える場面の直後から、志村正彦の歌が聞こえてくる。優しく、美しい声だ。場面に透き通っていく。儚げだが、内に秘めるもののある、力強い声でもある。『若者のすべて』の1番、次の部分が歌われる。


真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた
それでもいまだに街は 落ち着かないような 気がしている

夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて
「運命」なんて便利なものでぼんやりさせて

最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな

ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ


 『若者のすべて』と共に、病院での春奈と学校での秋人の日常が映像に映されていく。花屋のガーベラの花のクローズアップのシーンで、曲が終わる。

 (この項続く)


2023年1月22日日曜日

〈リアルな思い〉と客観的な視線-『茜色の夕日』11[志村正彦LN326]

  『若者のすべて』が収録された3rdアルバム『TEENAGER』は、〈十代〉をめぐる一種のコンセプト・アルバムである。〈二十代〉の後半になった志村正彦は、このアルバムで〈十代〉を振り返ろうとした。志村は『若者のすべて』についてこう語っている。(『音楽と人』2007年12月号インタビュー記事、樋口靖幸氏)

 

〈茜色の夕日〉以来です、こんなナーバスになってるのは。あの時は曲つくって自分の思いを表現して、あの人にいつか届けたいっていう、音楽やるのに真っ当な理由があったわけですよ。それに自信をつけられていろんな曲を今まで作ってきたけど、これは当時のその曲と同じくらいのリアルな思いがある……ってことを、作った後に気づかされたんだよなぁ。

 

 『若者のすべて』には、『茜色の夕日』と〈同じくらいのリアルな思い〉があることを〈作った後に気づかされた〉のは、そのリアルな思いを事前に意識していたのではなく、創作した後で事後的に認識したということである。『茜色の夕日』の創作によって〈自信〉を付けた志村は多様な楽曲を表現していったが、その〈リアルな思い〉は幾分か遠ざかっていった。無意識的なものとなったとも言えよう。しかし、『若者のすべて』によって、〈自分の思いを表現して、あの人にいつか届けたい〉というモチーフが強く、志村の中で浮上してきた。〈二十代〉の後半になった志村は、〈十代〉の思いをふたたび語りたかったのかもしれない。

 

 〈十代〉から〈二十代〉へと至る道筋についてもう一つの観点を示したい。


 『若者のすべて』の主体〈僕〉は、夏の終わりの季節に街を歩き始め、夕方5時のチャイムを聞き、運命や世界の約束を考える。街灯の明かりがつくと帰りを急ぎ、〈途切れた夢の続き〉をとり戻したくなる。〈僕〉の一日は〈すりむいたまま〉のように終わるのだが、やがて〈僕〉は、〈すりむいたまま〉に〈そっと歩き出して〉いくだろう。

 『若者のすべて』から時を遡って『茜色の夕日』を捉えると、『若者のすべて』は『茜色の夕日』で歌われていた〈途切れた夢〉の〈続き〉を歌ったものだとも考えられる。

  『茜色の夕日』の回想は〈途切れた夢〉の回想でもある。その〈続き〉が『若者のすべて』で語られることになる。そして、その〈途切れた夢〉の〈続き〉を取り戻すために、〈そっと歩き出して〉いく意志を歌ったのが『若者のすべて』であるという見方はどうであろうか。


 歌の主体〈僕〉の声、第三次の語りに焦点化すると、『茜色の夕日』の〈本音を言うこともできない〉から、『若者のすべて』の〈会ったら言えるかな〉〈話すことに迷うな〉への変化を指摘できる。〈言うこともできない〉は文字通り、言うことが不可能な状態である。『茜色の夕日』の〈僕〉は、言うことができないまま、立ち尽くしている。

 『若者のすべて』の〈言えるかな〉には、言いたいのだが本当に言うことができるかなという想い、〈話すことに迷うな〉には、話したいのだがその内容に迷ってしまうという想いが込められている。どちらにしろ、『若者のすべて』の〈僕〉は、言えないまま立ち尽くすのではなく、言うことに向かって少しずつ歩み出している。〈十代〉から〈二十代〉への言葉をめぐる軌跡が浮かび上がる。

  志村は、〈フジファブリック『FAB FOX』インタビュー〉(billboard-japan)で、〈曲のアプローチ、曲を作っていく中で――もちろん夢中になってしまう自分もいるんですが―― 客観的に見れるようになっていった〉と語っている。インタビュアーの〈客観的になった事で見えてきた物などありますか?〉という問いに対してこう答えている。

  

そうですね・・・、結構妙な事やってるな、とは思いますね(笑)。音楽を始める時は色んな素晴らしい人がいて色んな素晴らしい音楽があって、それに感動したりして「そういう音楽って凄いな」って思うんですけど、いざ真剣に考えてみると「ここの歌詞はちょっと自分と違うな」「自分だったらこういう音で作るんだけどな」っていうのがありまして。それを実際にやってみたいって事でミュージシャンを目指したんですけど、やっと自分がやりたかった事が出来てきたというか、色々面白い事に挑戦しているバンドなんじゃないかと思うんですけどね。


 表現者としての志村は、次第に、歌の主体〈僕〉を客観的に見ることができるようになった。このような視線で〈二十代〉の志村は〈十代〉の志村を見つめ直した。『茜色の夕日』から『若者のすべて』までの時の流れの中で、言葉をめぐる在り方も変化した。〈やっと自分がやりたかった事が出来てきた〉〈色々面白い事に挑戦しているバンド〉だという達成感も得られてきた。そのような軌跡が浮かび上がる。この軌跡は表現者としての志村の成長を物語っている。

 また以前、2001年から2005年までに至る『茜色の夕日』の歌い方の変化によって、自分自身が自分を問い返す意味合いが強まってきたと書いたが、このことと客観的な視線を獲得したことの間には深い関係があるだろう。