2025年になり、新年あらたまってというわけでもないが、今年は原則として時間軸にそって志村正彦・フジファブリックの作品を追っていこうと思う。
今日は2003年6月リリースのインディーズ2枚目ミニアルバム『アラモード』収録の「追ってけ追ってけ」。翌年のメジャー1枚目アルバム『フジファブリック』で再録音された。
普段は歌詞カードを見ながら楽曲を聴き、とりあえず思いついたことを書き始める。当然ではあるが最初から言葉が頭に入ってくる。今回はなんとなく音源だけを聴くことにした。
フジファブリックの公式YouTubeから音源を引いてみる。
追ってけ追ってけ · FUJIFABRIC (作詞作曲:志村正彦)
ギター、ベース、ドラムのうねるようなリズムに乗って、ドアーズを彷彿とさせるようなオルガンの音がのびやかに広がっていく。どこかに連れて行かれそうなグルーブの感覚、一種の浮遊感がある。
イントロに続いて、志村の歌が聞こえてくる。
merameramoeru aitenomemiru to
sugunisorasi tesimattanodatta
muzugayuine mizunomihosityatte
第1ブロックでは《m》の音が《r》の音と絡まりながら反復し、そのうちに《s》音や《t》音も重なっていく。音が言葉を句切って意味を成していくというよりも、そのまま拡散していく。音のつぶつぶが浮遊していくような奇妙な感覚に襲われる。
歌詞カードを読むと、聞こえてきた音の群れは次のような言葉を作り出している。第1ブロックでは特に、言葉の句切り方と歌い方とのあいだにズレが起きている。意図的なものだろうが、言葉の音そのものが強調される効果がある。
めらめら燃える相手の目見ると
すぐにそらしてしまったのだった
むずがゆいね 水飲み干しちゃって
歌の主体は〈相手〉の〈目〉をそらして、水を飲み干す。〈むずがゆいね〉という身体的感覚は、〈めらめら燃える〉相手の視線に対するものだろうか。
第2ブロックでは《k》音が《r》音と絡まるが、《m》音も引き続き繰り返される。
kirakirahikaru mehosometemiru
maegaminokage tyottodakemieru
modokasiine jamanamonowatotte
きらきら光る 目細めて見る
前髪の影 ちょっとだけ見える
もどかしいね 邪魔な物は取って
相手の目が〈きらきら光る〉のだろうか。歌の主体は〈目を細めて〉それを見る。〈前髪の影〉が少しだけ見える。〈きらきら〉の光をさえぎる影がもどかしくて邪魔だ。取り払ってほしい。
この後でサビの〈追ってけ追ってけ追ってけよ/ほら手と手 手と手〉をはさんで、第三ブロックが登場する。《y》音が《r》音と絡まってゆく。続いて《k》音が目立つようになる。
yurayurayureru tabakonokemuri
damattahutari kissatennosumikko
tobidasunowa zikannomondaisa
ゆらゆら揺れる煙草のけむり
黙った二人 喫茶店の隅っこ
飛び出すのは 時間の問題さ
歌の主体と〈相手〉の二人は黙ったままで〈喫茶店〉にいる。〈煙草〉をくゆらせているのか、周りにその〈けむり〉が立ちこめているのかは分からないが、この喫茶店の空間は濃密のようだ。
志村正彦は『FAB BOOK』のインタビューでこの曲について、「カフェミュージック的なものをつくろうとして、うまくできなくて(笑)。で、つくった曲」と述べている。
〈カフェミュージック〉の〈カフェ〉の痕跡が〈喫茶店〉だ。つまり、〈カフェミュージック〉が上手くできなくて、代わりに作られたのがこの 「追ってけ追ってけ」、昭和風の〈喫茶店〉を舞台とする音楽なのだろう。
おそらく二人のうちの一人が(あるいは二人かもしれないが)、喫茶店の場から〈飛び出す〉のは〈時間の問題〉だとされるが、歌詞は断片的であり、不確かな物語しか浮かび上がらない。二人のあいだにいったい何が起きたのか。
この歌の世界は、めらめら燃え、きらきら光り、ゆらゆら揺れている。擬態語、オノマトペが繰り返し使われる。《m》《k》《t》音が《r》の音と絡まって編み出されてゆく〈めらめら〉〈きらきら〉〈ゆらゆら〉が意味にならない想いを表出し、最終的に〈喫茶店〉から〈飛び出す〉という衝動を生み出していく。志村は物語を描くのではなく、物語を生み出しそうな衝動を音そのもの、音のシニフィアンで伝えようとしたのではないか。
サビのブロックは何度も繰り返される。
otteke otteke ottekeyo
hora tetote tetote
追ってけ追ってけ追ってけよ
ほら手と手 手と手
《o》の音がキーになって繰り返される。聴き手の感覚として、〈teke〉〈teke〉〈teke〉、〈teto〉〈tote〉という音の組み合せが、芦原すなおの小説 『青春デンデケデケデケ』の題名のように、ベンチャーズのトレモロ・グリッサンド奏法のオノマトペを想起させる。
〈追ってけ〉は、二人のどちらかがどちらかを追っていき、〈手と手〉を合わせようと物語を描こうとしているのだろうが、そのような物語的解釈ではなく、案外、左の手と右の手によってギターを弾き、楽曲の旋律を追っていくこと、つまりこの曲の演奏自体を表しているのかもしれない。そう考える誘惑に駆られてしまう。
この不可思議な歌は、物語を超えた遊びを〈追ってけ追ってけ追ってけ〉と追跡している。
(この項つづく)