2026年5月8日金曜日

「馬の脚」の多層構造[芥川龍之介の偶景]

 芥川龍之介「馬の脚」は、彼の物語的な特質を持つ小説のほとんどがそうであるように典拠となる物語がある。忍野半三郎が冥界から馬の脚をつけて現世へと帰還するという話は、中国の南北朝時代の怪異や不思議な話を集めた小説集『幽明録』中の「士人甲」に基づいている。「士人甲」は、一度死んだ人間が何らかの理由で息を吹き返し現世に戻ってくるという蘇生譚である。その概要が次の通りである。

  晋の元帝の時代、〈甲〉という人物が突然病死し冥界に行った。しかし、寿命を管理する司命が記録を再調査すると甲の寿命は尽きていないことが判明した。冥吏が甲を人間界に帰らせようとしたが、甲の足はひどく痛み、歩くことができないために、新しく冥界に召した胡人の足を代わりに付けて現世へと帰還させた。

  「馬の脚」と「士人甲」の違いは、取り付ける脚が馬のものか胡人(中国の北や西の辺境に住む異民族)のものかという点である。芥川龍之介は「士人甲」を基にして、馬の脚という奇想天外な要素を加えることでさらに不可思議な要素を強めていった。


 小説の語り方も複雑である。

 話者の〈わたし〉は、小説の世界のすべてのことを知ることできる全知的視点で語っているが、最後の方になると、小説の世界の中に登場して、一人称の限定的視点で語るようになる。しかも、作者芥川龍之介の知人である現実の人間「岡田三郎」が登場し、〈わたし〉に手紙をよこす。話者の視点も転換し、虚構の中に現実が侵入していくると自由自在な語り方である。小説としては破綻しかねないが、この奇妙な構造が奇妙な内容に見合っているとも言える。

 忍野半三郎の失踪の場面を振り返りたい。

 現世へ戻った後、半三郎は馬の脚によって起こる苦労や困難を日記に記す。そうこうしているうちに、失踪の時を迎える。この場面は社宅の使用人に目撃されていた。その箇所を引用する。


――半三郎は何かに追われるように社宅の玄関へ躍り出た。それからほんの一瞬間、玄関の先に佇んでいた。が、身震いを一つすると、ちょうど馬の嘶きに似た、気味の悪い声を残しながら、往来を罩めた黄塵の中へまっしぐらに走って行ってしまった。…


 この〈黄塵〉はモンゴルから運ばれて来る砂埃である。半三郎がその足を付けた馬はモンゴル産だった。だから黄塵の到来によって馬は故郷へ走り出した。〈何かに追われるように〉とあることから、この失踪は半三郎自身の意思ではなく、馬の脚の故郷への帰還の力に引きずられるようにして起こった。彼が馬の嘶きに似た気味の悪い声を発したということは、彼の身体がさらに馬に変化してきたことを示してる。

 また、話者はこの失踪の直前の場面で〈半三郎を家庭へ縛りつけた人間の鎖の断たれる時である〉と語っていることから、話者とその背後にいる作者はこの疾走が半三郎と人間との鎖が断絶する出来事だと捉えていた。

 この失踪ついて、常子、半三郎の同僚、半三郎の死を判定した〈山井博士〉、現地の新聞「順天時報」の主筆〈牟多口氏〉はいずれも半三郎の〈発狂〉のためだと解釈した。牟多口氏は「順天時報」の社説で、山井博士が半三郎の状況を〈多少精神に異常を呈せるもの〉と見ていたこと、半三郎の日記から〈常に奇怪なる恐迫観念を有したる〉と書いた。さらに、国体は家族主義の上に立つという理念からこう主張している。


家族主義の上に立つものとせば、一家の主人たる責任のいかに重大なるかは問うを待たず。この一家の主人にして妄に発狂する権利ありや否や? 吾人はかかる疑問の前に断乎として否と答うるものなり。

語に曰、其罪を悪んで其人を悪まずと。吾人は素より忍野氏に酷ならんとするものにあらざるなり。然れども軽忽に発狂したる罪は鼓を鳴らして責めざるべからず。否、忍野氏の罪のみならんや。発狂禁止令を等閑に附せる歴代政府の失政をも天に替って責めざるべからず。


 つまり、〈牟多口氏〉の主張は、国体の家族主義を崩壊させるので一家の主人には〈発狂する権利〉がなく、政府も〈発狂禁止令〉を出すべきだというものである。この国体保持のための家族主義は、この時代の日本や中国などのアジアの国家の特質であろう。芥川龍之介はそれを批判的に考えたので、牟多口氏にこのような主張をさせたのであろう。牟多口(むだぐち)つまり無駄口という滑稽な名を与えていることでシニカルにユーモラスに表現した。忍野半三郎(おしのはんざぶろう)、常子(つねこ)、山井(やまい)博士という人物名も同様の命名である。


 前回述べた常子と半三郎との短い再会後、常子は夫の馬の脚を信ずるようになったが、他の登場人物は依然としてそのことを信じない。常子が馬の脚を見たことも幻覚だとしている。

 半三郎自身は自らの失踪について何も語っていない。常子は馬の脚を信じることになったので失踪の原因を関連があると思っているだろう。半三郎と常子にとって馬の脚は現実であるが、他の人物は、半三郎の日記に書かれた馬の脚についての記述は精神異常による幻覚であり、その結果の失踪だと考えている。精神医学的な言説や国家主義的な言説がその背景にある。


 芥川の「馬の脚」は、『幽明録』の「士人甲」の蘇生譚に基づいて、胡人の脚ではなくの馬の脚を取り付けるという奇想天外なモチーフを付加さて、主人公の失踪の原因について精神医学的な言説や国家主義的な言説を織り交ぜて、芥川の言う「大人に読ませるお伽噺」を構築していった。その展開の中で注目されるのは、前回述べた半三郎と常子の再会の場面である。

 月光の薄明りのもとで半三郎と常子は再会して、二人の眼差しが交錯する。薄明りによって半三郎の〈馬の脚〉が露になる。一瞬の偶景である。半三郎は「常子、……」と呼びかけ、常子は「あなた!」と三度呼びかける。常子の半三郎への愛おしさと〈馬の脚〉に対する嫌悪が交錯する。結局、半三郎は再び姿を消す。このごく短い間の光景、声の交換、心情の揺らめきがこの小説の中心にある。

 物語の枠組みに偶景・声・心情という要素を複合させて多層的な構造を作ることが、芥川龍之介の小説の特徴であり魅力である。


2026年5月6日水曜日

「馬の脚」の中心場面[芥川龍之介の偶景]

   芥川龍之介「馬の脚」は1925年(大正14年)1月・2月の「新潮」に掲載された。中国の北京を舞台とする奇妙で幻想的な小説である。芥川が1921年に大阪毎日新聞の特派員として中国へ旅行した経験をもとに執筆された「中国物」の一つだが、読まれることが少なく、あまり批評や研究の対象にもならない。しかし、晩年の芥川の心象を浮かび上がらせる点において重要な作品だと思われる。


 物語の概要を示そう。

 北京に駐在する商社員の忍野半三郎(おしの はんざぶろう)は、ある日突然、脳溢血で死んでしまう。しかし、これは天界の役人が同姓同名の別人と取り違えたものだった。役人は慌てて彼を現世に戻そうとするが、すでに彼の脚は腐り始めていた。そこで、今しがた死んだ馬の脚を代わりにくっつけて、彼を生き返らせた。

 半三郎はえたいの知れない幻の中を彷徨した後やっと正気を取り戻して現世へ帰還した。半三郎は異形の脚を隠そうと苦心するが、次第に脚が勝手に暴れ出したり、嘶きたくなる衝動に駆られたりして、制御不能になっていく。

 半三郎は妻の常子に事実を告白するが、信じてもらえない。しかし、ついに彼の身体は馬としての性質に飲み込まれ、最後は妻の呼びかけも届かぬまま、馬の嘶きに似た気味の悪い声を残しなが砂塵の中に消えていってしまう。

 この半三郎の失踪は新聞の記事となり、その理由が詮索された。半年後、ある出来事が起きた。半三郎が常子のもとに帰ってきたのである。

 少し長くなるがその箇所を引用したい。小説の中の偶景と捉えられる場面である。


 落ち葉の散らばった玄関には帽子をかぶらぬ男が一人、薄明りの中に佇んでいる。帽子を、――いや、帽子をかぶらぬばかりではない。男は確かに砂埃りにまみれたぼろぼろの上衣を着用している。常子はこの男の姿にほとんど恐怖に近いものを感じた。
「何か御用でございますか?」
 男は何とも返事をせずに髪の長い頭を垂れている。常子はその姿を透かして見ながら、もう一度恐る恐る繰り返した。
「何か、……何か御用でございますか?」
 男はやっと頭を擡げた。
「常子、……」
 それはたった一ことだった。しかしちょうど月光のようにこの男を、――この男の正体を見る見る明らかにする一ことだった。常子は息を呑んだまま、しばらくは声を失ったように男の顔を見つめつづけた。男は髭を伸ばした上、別人のように窶れている。が、彼女を見ている瞳は確かに待ちに待った瞳だった。
「あなた!」
 常子はこう叫びながら、夫の胸へ縋ろうとした。けれども一足出すが早いか、熱鉄か何かを踏んだようにたちまちまた後ろへ飛びすさった。夫は破れたズボンの下に毛だらけの馬の脚を露している。薄明りの中にも毛色の見える栗毛の馬の脚を露している。
「あなた!」
 常子はこの馬の脚に名状の出来ぬ嫌悪を感じた。しかし今を逸したが最後、二度と夫に会われぬことを感じた。夫はやはり悲しそうに彼女の顔を眺めている。常子はもう一度夫の胸へ彼女の体を投げかけようとした。が、嫌悪はもう一度彼女の勇気を圧倒した。
「あなた!」
 彼女が三度目にこう言った時、夫はくるりと背を向けたと思うと、静かに玄関をおりて行った。常子は最後の勇気を振い、必死に夫へ追い縋ろうとした。が、まだ一足も出さぬうちに彼女の耳にはいったのは戞々と蹄の鳴る音である。常子は青い顔をしたまま、呼びとめる勇気も失ったようにじっと夫の後ろ姿を見つめた。それから、――玄関の落ち葉の中に昏々と正気を失ってしまった。……


 〈月光〉の〈薄明り〉の中で半三郎と常子は再会する。

 二人の眼差しが交錯する。常子の眼差しを追ってみよう。常子はまず〈薄明り〉の中に佇む男を見る。〈月光〉がこの男の正体を明らかにする。常子は声を失ったように男の顔を見つめ続ける。男が常子を見ている〈瞳〉は待ちに待ったものだった。男は夫であり、〈薄明り〉の中に栗毛の〈馬の脚〉を露している。ここで夫の眼差しに転換される。夫は悲しそうに常子の顔を眺めている。常子はもう一度夫の胸へ体を投げかけようとしたが、〈嫌悪〉に圧倒される。夫は去って行く。常子はじっと夫の後ろ姿を見つめ、正気を失ってしまう。

 さらに、この場面では〈半三郎〉は「常子、……」と呼びかけ、〈常子〉は「あなた!」と三度呼びかける。この三度の「あなた!」には、〈半三郎〉自身への愛おしさとそれに相反する〈馬の脚〉に対する驚きや嫌悪が交錯する。

 最後に常子が半三郎の後ろ姿を見つめた後、二人が再び会うことはなかった。これが最後の機会だった。しかし、この再会後に常子は夫の馬の脚を信ずるようになったが、他の登場人物は依然としてそのことを信じない。そして物語は、本来死ぬはずだったヘンリイ・バレット氏の頓死を伝えて幕を閉じる。


 この作品の題名「馬の脚」と物語の骨子は、「馬脚を現す」、つまり、隠していた本性や本当の姿があらわになること、という表現から構想されたことは間違いない。もともとこの表現は、中国の古典演劇で馬を演じる際に中に入っている役者がうっかり人間の脚を見せてしまったという失敗談に由来するようだ。

 芥川龍之介は「馬脚を現す」過程を物語化して、この半三郎と常子の再会の場面において〈夫は破れたズボンの下に毛だらけの馬の脚を露している〉という一節に集約化した。視覚的、聴覚的な描写を複合させてこの光景、馬の脚が露わになる偶景を見事に表現している。


 芥川は1921(大正10)年3月下旬から約4ヶ月の間、大阪毎日新聞の海外視察員として中国の上海、南京、北京などを旅行した。このときの見聞が「馬の脚」に反映されているだろう。

 また、芥川は「馬の脚」発表と同年の1925年(大正14年)9月、「死後」という3000字ほどの短い小悦を発表している。「死後」は、話者兼作中人物の〈僕〉が自分が死んでしまっている夢を見るという設定である。〈僕〉はその夢の世界での出来事を語った後で夢から現実へと目覚めるが再び眠りに落ちていく。

 「馬の脚」の半三郎もいったん死んでしまった後で生の世界へ蘇る。半三郎はえたいの知れない幻の中を彷徨したが、この点については半三郎は仮死状態で死んでしまった夢を見ていたという現実的な解釈も可能であろう。

 この時期の芥川龍之介は現実世界を死あるいは夢における死という観点から探究していった。もっとも、芥川は雑誌初出本文の冒頭では〈「馬の脚」は小説ではない。「大人に読ませるお伽噺」である〉と断っている。「大人に読ませるお伽噺」、夢のような話というスタイルで生と死の世界を表現したとも言えるだろう。


2026年5月3日日曜日

歌詞考察の番組やブログの隆盛[志村正彦LN381]

 4月30日に放送された『この歌詞が刺さった!グッとフレーズ』第25弾3時間スペシャルのテーマは「“青春”がそこにあるグッとフレーズ」BEST30だった。私は気づくのが遅れて最後の15分ほどしか見ることができなかったが、「若者のすべて」が22位に選ばれていた。この番組のHPには〈普遍的な名曲と言われるフジファブリックの「若者のすべて」〉という紹介文があった。

 この番組は名曲の「心に刺さった歌詞」に注目する歌詞特化型の音楽番組だ。2021年7月から不定期に放送されているが、このブログでも志村正彦・フジファブリックが選ばれた回について何度か取りあげてきた。

 「若者のすべて」はこの20年ほどの日本語ロック、もっと広いパースペクティヴをとれば、この半世紀ほどの日本語のポピュラー音楽の中で非常に高く評価された名曲となった。その歌詞についてもいろいろと考察されている。


 この4月からNHKの『名曲考察教室』が月1回のレギュラー番組となった。2023年8月からパイロット版、2025年1月から不定期の特番として放送されていたが、番組HPによると〈昭和・平成の名曲を、令和の若者たちが“いまの感覚”で徹底考察!そこから生まれた物語を、新しいミュージックビデオに仕立てます〉というコンセプトで企画された。

 4月23日放送の第1回は大滝詠一「君は天然色」。出演者による二つのミュージックビデオが作られ、作詞者の松本隆のコメントもあった。この番組は歌詞の考察に基づいた映像化が特色となっている。

 NHKではピーター・バラカンがゲストと共に名曲の数々を紹介する新番組『未来へのプレイリスト』も4月から始まった。名曲の魅力をサウンド面だけでなく、歌詞に込められたメッセージや社会的時代的な背景も紹介する。すでに「モータウン・サウンド」(ゲズト:中村正人)、「ボブ・ディラン」(ゲズト:奈良美智)、「越境する音楽」(ゲズト:大友良英)、「ラブソング」(ゲズト:矢野顕子)がテーマとなった。ピーター・バラカン自身が歌詞の鍵となるワードを丁寧に説明しながら日本語に訳しているところが素晴らしい。豪華なゲストとの対話も歌詞の理解を深めている。

 テレビ朝日で2015年5月から日曜日夜に放送されてきた音楽バラエティー番組『EIGHT-JAM』でも歌詞に焦点を当てることが多い。ゲストによる独自の考察や分析が特色になっている。


 1年半ほど前になるが、「音楽に批評は必要か サブスク時代、変わるリスナーと価値付けの意義」(朝日新聞2024.11.16)という記事で、ポピュラー音楽研究者の増田聡氏(大阪公立大学教授)が〈最近、音楽批評的な言説のなかで活性化しているものとして、Jポップ曲の歌詞を考察するブログが挙げられます。人々に対し、『この音楽は価値が高いから聴きましょう』と促すのではなく、すでに曲を聴いた人に対して『より深い』意味を解説する、という構えのものです〉〈『考察ブログ』の活性化は、音楽を取り巻く言説構造の変化を示しているように感じます。大雑把に整理するならば、音楽言説に求められる機能が、『価値付け』ではなくなり、『解釈』や、音楽をよりよく理解するための『背景知識』へと移っている〉と述べている。確かにここ数年でメディアの歌詞考察番組や記事、個人の歌詞考察ブログが増えてきたようである。


 十四年前にこの『偶景web』の主要コンテンツ「志村正彦ライナーノーツ」を始めたときから今日に至るまで、このブログは、増田氏のコメントにある〈歌詞考察ブログ〉つまり〈『より深い』意味を解説する〉こと、〈『解釈』〉や〈『背景知識』〉を志向するものではなかった。

 私はなぜ志村正彦の歌にこんなにも魅了されるのか。心を動かされるのか。そのような個人的動機から出発した。彼の歌の言葉を解明したいという想いだけであった。今でもその気持ちは変わらない。

 それでもこういう状況の中では、『偶景web』の「志村正彦ライナーノーツ」も歌詞考察ブログの一つとして位置づけられるのかもしれない。しかし、繰り返しになるが、私にはそのような志向や意図はなく、なにものかにとらわれることなく自由に、できるだけつつましく簡潔に、志村正彦の歌について感じたこと考えたことを《文》という形にして書き続けている。