11月15日谷崎潤一郎「母を恋うる記」(甲府文と芸の会第2回公演)

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2026年6月3日水曜日

吉井和哉と志村正彦「Anthem」[志村正彦LN383]

 2010年7月17日、志村正彦の追悼の意味合いが濃いコンサート『フジフジ富士Q』が富士急ハイランド・コニファーフォレストで開催された。志村と交友があった吉井和哉はフジファブリックの「マリアとアマゾネス」と「Anthem」を歌った。

 筆者はDVDで見ただけだが、吉井は〈志村の代わりにはならないですけど代わりに歌いたいと思います。大好きな曲です〉と語った後に「Anthem」を歌い始めた。イントロの後、吉井は〈三日月〉と叫んだ。歌詞に〈三日月さんが 逆さになってしまった〉とあるからだ。確かに空には三日月が浮かんでいた。


 「Anthem」は、2009年5月20日、フジファブリック4枚目のアルバム『CHRONICLE』に収録され発表された。アンセムは祈りの歌、祝いの歌である。

 フジファブリック Official Channelにある音源と歌詞を引用したい。


  フジファブリック   Anthem 


  Anthem 作詞:志村正彦 作曲:志村正彦

三日月さんが 逆さになってしまった
季節変わって 街の香りが変わった
気もしない ない ない ない ない ない ない ないか
まだ ない ない ない ない ない ない ない ないか

闇の夜は 君を想う
それら ありったけを 描くんだ

鳴り響け 君の街まで
闇を裂く このアンセムが

何年間で遠く離れてしまった
いつでも君は 僕の味方でいたんだ
でも いない いない いない いない
いない いない いない いないや
もう いない いない いない いない
いない いない いない いないや

行かないで もう遅いかい?
鳴り止まぬ何かが 僕を襲う

轟いた 雷の音
気がつけば 僕は一人だ

このメロディーを君に捧ぐ
このメロディーを君に捧ぐ

鳴り響け 君の街まで
闇を裂く このアンセムが

轟いた 雷の音
気がつけば 僕は一人だ


 「Anthem」の歌詞を読むと、〈季節変わって 街の香りが変わった/気もしない ない ない ない ない ない ない ないか/まだ ない ない ない ない ない ない ない ないか〉の〈ない〉のリフレインが、前回取りあげた吉井和哉「Four Seasons」の〈勇気が足りない 力が足りない 時間が足りない/お金が足りない 空気が足りない 命が足りない…全部足りない〉の〈ない〉の繰り返しを想起させる。〈ない〉の反復が痛切に響くところが共通している。

 〈闇の夜〉という深夜に〈僕〉は〈君を想う〉。その想いを託した〈アンセム〉が深夜の〈闇を裂く〉ようにして〈君の街〉まで〈鳴り響け〉と〈僕〉は叫ぶ。

 しかし、〈僕〉は〈でも いない いない いない いない いない いない いない いないや〉〈もう いない いない いない いない いない いない いない いないや〉とあるように、〈君〉を失ってしまったようだ。ここでは〈いない〉が反復されている。

 〈僕〉は〈このメロディーを君に捧ぐ〉ように〈アンセム〉を鳴り響かせて〈君〉の〈街〉へたどりつきたいのだが、雷鳴が轟くと〈僕は一人だ〉と気がつく。


  志村正彦の「Anthem」は、〈ない〉〈いない〉ことのアンセム、〈一人〉でいることのアンセムのように聞こえてくる。彼は自らが抱えた孤独の深さをアンセムにして歌って、誰かに伝えようとしたのかもしれない。


 「Anthem」は2009年1活から2月にかけてストックホルムで録音された。その時のレコーディング風景を織りまぜた「Anthem」のミュージックビデオが『SINGLES 2004-2009 【初回生産限定盤】』の付録ディスクに収められている。YouTubeにあるこの映像を紹介したい。



 志村正彦やフジファブリックのメンバーたちがストックホルム旧市街のガムラスタンやスカンセン野外博物館を歩いている。志村にとってはレコーディングから解放された唯一の休日だったようだ。彼が明るく微笑む姿も映っている。しかし、この年の12月には志村の29歳の生涯が閉じられてしまう。


 志村の死から半年後に、吉井はこの「Anthem」を『フジフジ富士Q』コンサートで歌った。富士山や茜色に彩られた夕景が美しかった。吉井の瞳には涙が浮かんでいるようだった。吉井和哉の志村正彦への純粋な想い、その純粋な音調が僕には強く伝わってきた。このエッセイを書くにあたって映像をあらためて見ているうちに、「Four Seasons」や「みらいのうた」の言葉が「Anthem」の言葉と重なり合ってきた。


 映画『みらいのうた』に感銘を受けて、この映画と吉井和哉「みらいのうた」・ERO「Getting The Fame」の二つの歌そして吉井和哉「Four Seasons」・志村正彦「Anthem」という二つの歌について、五回にわたって連載してきた。


 この連載の最後に、2021年に吉井和哉が「みらいのうた」を歌ったライブ映像を紹介したい。

【LIVE】吉井和哉 - みらいのうた (from SILENT VISION TOUR 2021)



 歌というものは、究極的には、人の生と死を歌うものである。

 そういう想いを強くした。

 だからこそ、人は歌と共に生きていくのだろう。


2026年5月31日日曜日

志村正彦と吉井和哉「Four Seasons」[志村正彦LN382]

 吉井和哉については志村正彦との関係で関心を持ち始めた。


 フジファブリックは2009年12月9日発売のTHE YELLOW MONKEYへのトリビュートアルバム『THIS IS FOR YOU~THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM』で「Four Seasons」をカバーした。同年12月24日に志村正彦の生が閉じられたことから、この音源は志村が生前に録音してリリースした最後のものだとされている。


 THE YELLOW MONKEY「Four Seasons」は、1995年11月1日、アルバム『Four Seasons』の表題曲として発表された。まず、THE YELLOW MONKEYのオリジナル音源(ただしリマスター版)とフジファブリックのカバーを聴いていただきたい。どちらもYouTubeの公式サイトに音源がある。


 THE YELLOW MONKEY Four Seasons (Remastered) 


 フジファブリック Four Seasons (From "This Is For You - The Yellow Monkey Tribute Album")


 吉井の声には色艶と粘り気があることが歌詞をダイレクトに響かせているのに対して、志村の声はやや硬質であり響きを削ぎ落としているように聞こえる。サウンド面では特に間奏部分において、THE YELLOW MONKEYでは菊地英昭のエレクトリックギター、フジファブリックでは金澤ダイスケのキーボードが強調されているところが異なる。ボーカル・ギター・ベース・ドラムの四人編成とそれにキーボードが入る五人編成というバンド編成の違いがある。


 全歌詞を引用したい。


FOUR SEASONS 作詞・作曲:吉井和哉 


まず僕は壊す
退屈な人間はごめんだ
まるで思春期の少年のように
いじる喜び覚えたて 胸が騒ぐのさ
新しい予感 新しい時代......Come on

馬鹿のままでいい 馬鹿のままがいい
よけいなInputいらない ありのままがいい
男らしいとか 女らしいとか
そんな事どうでもいい
人間らしい君と

In changing time'n four seasons I'm crying
美しい希望の季節を
In changing time'n four seasons I'm crying
ねえ探しに行かないか?

まず僕は壊す
退屈な人生さよなら
君に誰よりもやさしい口づけを
アンコールはない 死ねばそれで終わり
ストレートに行こうぜ
回り道は嫌い

人様に迷惑とコーヒーはかけちゃいけない
そんなの自分で決められるさ ただの馬鹿じゃない
これから始まる世界は不安がいっぱい
大人は危険な動物だし 場合によっては人も殺すぜ
ヤケドしそうな熱い僕のコーヒーは
ミルクもシュガーも入れない

In changing four seasons I'm crying
美しい希望の季節が
In changing time'n four seasons I'm crying
すぐそこまで近づいてる
だけど勇気が足りない 力が足りない 時間が足りない
お金が足りない 空気が足りない 命が足りない
だからまず僕は壊す 全部足りないから
まず僕は壊す
全部欲しいから


 吉井は静かに次第に激しく叫んでいく。 〈まず僕は壊す/退屈な人間はごめんだ〉から、〈だからまず僕は壊す 全部足りないから/まず僕は壊す/全部欲しいから〉まで、ロック的なあまりにロック的な宣言のフレーズが続く。〈壊す〉という衝動と〈全部欲しい〉という欲望はロックの中心にあるものだ。

 〈僕〉は〈新しい予感 新しい時代〉に向かって踏み出す。〈まるで思春期の少年のように〉〈よけいなInputいらない ありのままがいい〉〈大人は危険な動物だし〉というフレーズは、吉井が映画『みらいのうた』で述べていた〈本当の夢〉の次の言葉と呼応する。

静岡の少年の時のまま 変わらずに すべてを成し遂げたいなと思っていることが夢かもしれない どれだけ自分の心を汚さずに成功できるかっていうこと 汚れたけどだいぶ 汚れたけどいかにそこを残したまま いろいろ成し遂げたいというのがもしかしたら夢かな

 原点としての少年という時代と「four seasons」「美しい希望の季節」という季節の感覚が、吉井和哉の根底にあるのだろう。静岡という地方で育ったことも関係している。


 なぜ、志村正彦が吉井の数ある歌の中から「Four Seasons」を選んだのか。

 この問いについて考えたのだが、「Four Seasons」の歌詞を読むと、志村が影響を受けたと思われるところを見つけることができる。

 例えば、〈これから始まる世界は不安がいっぱい〉の〈世界〉〈不安〉〈いっぱい〉という言葉の選択。〈勇気が足りない 力が足りない 時間が足りない/お金が足りない 空気が足りない 命が足りない〉という〈ない〉の反復。

 こういう吉井のフレーズや語り口から、志村は影響を受けたのではないだろうか。

 しかし、これは影響というよりも、吉井と志村の感性面での共通性から起因したものだろう。先ほど述べた、吉井の少年時代の視点や四季の季節の感覚は志村と近いものを感じる。静岡で育った少年と山梨で育った少年のあいだにはなんらかの経験の共通項がある。

 ただし、志村には吉井の〈僕は壊す〉という強くて激しい意志よりも繊細で柔らかい意志のあり方がある。感覚的な捉え方になるが、志村の場合、言葉がそのまま外部へと向かっていくのではなく、自らの内部へ向かって遡行して循環しながらやがて浮かび上がってくる。同一の歌詞でも、歌い手の声や身体の差異によって歌は変化する。

 このような背景があり、志村は吉井へのリスペクトを表すためにTHE YELLOW MONKEYのトリビュートアルバムで「Four Seasons」をカバーしたと筆者は考える。


 最後に、2020年2月収録のライブ映像を紹介したい。「みらいのうた」音源リリースの1年前、映画『みらいのうた』撮影開始の2年前の映像である。


【LIVE】Four Seasons -Kyocera Dome Osaka, 2020.2.11-



 この時吉井は54歳、この歌のリリース時は29歳。すでに25年の時が流れている。

 29歳というのは志村が亡くなった齢である。29歳の吉井和哉が作った曲を29歳の志村正彦がカバーしたことに気づいた。

 29歳という年齢は人生の境界にある。そのことを考えているうちに、〈アンコールはない 死ねばそれで終わり/ストレートに行こうぜ/回り道は嫌い〉とシャウトする吉井の声と姿が強く迫ってきた。


2026年5月29日金曜日

〈生きてきた名声〉ERO「Getting The Fame」-映画『みらいのうた』3

 映画『みらいのうた』には二人の主人公がいる。吉井和哉と、彼をロックの世界に導いたのERO(高林英彦、バンドURGHPOLICEのボーカル)の二人である。


 ERO作詞の「Getting The Fame」という歌が、吉井和哉の「みらいのうた」と共に、この映画の中心軸となっている。映像はEROが「Getting The Fame」の2番の歌詞を新しく作っていく姿を追っていく。

 最後の教会でのライブでEROはこの歌を歌う。吉井がベースギターで伴奏する。この歌は英語で歌われている。映画では歌詞の日本語訳が添えられていた。ぜひ映画でそのシーンを見ていただきたい。

 印象深いサビの日本語訳は次の通りである。


 毎日、毎晩、いつでも

 耳をふさぎ、目を閉じて

 生きてきた名声を手に入れるまで


 最後の「Getting The Fame」の「The Fame」が「生きてきた名声」と訳されている。「名声」に「生きてきた」という修飾語があることに感慨を覚えた。

 1985年当時のオリジナルヴァージョンでは、この「名声」は通常の意味、つまり、ロックバンドとしての名声を得ること、音楽シーンで成功すること、を指し示していたのだろう。しかし、40年度の現在、EROは自分の人生を振り返り、「生きてきた」ことそのものによって得られる「名声」というように、この「Getting The Fame」の意味を読み換えたのではないだろうか。さらに、「生きてきた名声を手に入れるまで」とすることによって、EROはまだその過程にいること、そのたびの途中にいることを力強く歌い上げていた。


 なお、7月22日リリースの『映画「みらいのうた」オリジナル・サウンドトラック』では「Getting The Fame」の次の音源が収録される予定だ。

Getting The Fame(Kichijoji Zenshinza Gekijo, 1986.12.21 -Short size)/ URGH POLICE

Getting The Fame(from 映画「みらいのうた」) / ERO / 吉井和哉 / 鶴谷崇

Getting The Fame(Instrumental -Organ Ver.)


 URGH POLICE時代の「Getting The Fame」の音源がYouTubeにある。12分近い大作だ。編成は、Vo,G: 高林 英彦 (ERO)、G: 高林 正則 (MARBOH)、B: 吉井 和哉 (ROBIN)、Ds: 栗田 卓展 (TACKTEN)。なお、URGH POLICEのアルバム『URGH !』はインディーズから1987年にLPレコードとしてリリースされ、1995年12月にCDとして再発売された。全8曲中の最後の曲が「Getting The Fame」である。



  YouTubeには当時のURGH POLICEのライブ映像がある。

  URGH POLICE  I`m Bad Hang Over



 若き日のERO(高林英彦)や吉井和哉が映っている。1980年代の半ばにはビジュアル系のハードロックバンドが流行っていた。メジャーデビューする可能性もあったのだろうが、EROが静岡での恋人との暮らしを大切にするために東京に来ることを拒んだことで実現しなかったようだ。


 最後に、シネマトゥデイのインタビュー「THE YELLOW MONKEY・吉井和哉、喉頭がんからの復活が描かれたドキュメンタリーの制作秘話語る 映画『みらいのうた』 東京国際映画祭」を紹介し、AIでテキスト化したものを重複する言葉などを省略した上で引用したい。


 

 吉井和哉はEROさんを起用した理由をこう語っている。

僕のドキュメンタリーを撮ってもらおうっていう話になった時に、僕のドキュメンタリーって何も面白くないだろうと思って。その数ヶ月前にその病気で倒れた、EROさんをちょっと、まあ、なんか彼に出ていただいて、少し生活の援助とかできたらいいなということで彼を説得して。そうやって回してみて、何に使うかわかんないけど、本当に映画にする予定もなかったので、あの、回してみてもいい?って言ったら「いいよ」ってことで。あの日初めて行った時の映像がまさに初めて行った時でした。

 エリザベス宮地はEROの存在感や魅力についてこう述べている。

はい、魅了されてました。最初からなんか、もちろんかっこいい、見た目のカッコよさっていうか。なんか、なんとなく撮影してると、なんて言うんですか、カメラが喜ぶような感覚があって。なんかすごい華があるなと思って、EROさん。

「お二人の復活ライブまでを撮ろう」っていうのは変わらずだったんですけれども、ただそれを決めた半年後に吉井さんの喉頭がんだったりが見つかってしまって、そこからは正直、先が読めなくなりました。全く、はい。EROさんもあそこまで、最後の教会のシーンまでギターを弾いて歌えるようになるまでが、やっぱり3年間必要だったので。その、結果的に3年間かかりましたけど、どれくらいの期間でどうなるかっていうのは、正直途中から特に分からなくなりました。


 このように、吉井和哉・ERO(高林英彦)二人の復活ライブまでには大変な紆余曲折があったのだが、この映画はその過程を丁寧に追いかけている。

 〈生きてきた名声を手に入れるまで〉歌い続ける姿が、〈人生の7割は予告編で 残りの命 数えた時に本編が始まる〉ことを静かに伝えている。


2026年5月22日金曜日

〈怖くはない〉吉井和哉「みらいのうた」-映画『みらいのうた』2

  映画『みらいのうた』は、吉井和哉とERO(高林英彦)の少年時代から現在へと至る五十年を超える日々の人生と音楽の軌跡を描いている。

 同名の歌「みらいのうた」がある。2021年8月6日、吉井は自ら作った新レーベル〈UTANOVA MUSiC〉からこの歌をデジタルリリースした。映画『みらいのうた』の撮影は 2022年4月に始まったのでその前になる。当初からこの歌が映画の主題歌として想定されていたのではなく、制作の最終段階に決まったそうである。

 この歌を作った時の吉井の年齢は55歳。中年を過ぎてもうすぐ老年が見えてくる年齢だ。そういう年齢が積み上げた経験が〈いつか全てが変わるなら今日もただ耐えよう〉〈いつかここから消えるなら今日もただ歌おう〉という歌詞のリアリティを支えている。やはり、結果としてかもしれないが、この「みらいのうた」という歌が『みらいのうた』という映画を導いたと感じられる。

 この歌は映画の冒頭そしてエンディングでは歌詞も表示されて流れる。ミュージックビデオを紹介し、歌詞をすべて引用したい。


 吉井和哉 - みらいのうた




みらいのうた
作詞・作曲:吉井和哉

何もかも嫌になった こんな時何をしよう
信じてたあの人も しょうもない嘘ついた

小さな部屋の隅でギターを弾きながら
心の形に溜まっていく吸い殻よ

いつか全てが変わるなら今日もただ歌おう
いろいろいろんなこと知ってしまう前に
僕の過去は僕のメロディになるから
怖くはない 未来の歌

行き先が変わる時 訪れる
強い痛み

幼い記憶だから寂しく思うけど
貝殻に耳を当てながら見た海よ

君が笑顔になるのなら今日もただ歌おう
怒りもあるならば素直に出せばいい
この場所のここからたまらなく好きだよ
狭いベッドがステージになる

柔らかい風が頬を撫でる
果てしなく続いてく若草よ

いつか全てが変わるなら今日もただ耐えよう
何度も何度でも立ち上がってみせるよ
いつかここから消えるなら今日もただ歌おう
いろいろいろんなこと知ってしまう後も
君と僕を繋ぐメロディになるなら
怖くはない 未来の歌
いつか叶え
未来の歌


 この歌には、Lyric Videoヴァージョンもある。

 吉井和哉 - みらいのうた (Lyric Video)



 歌詞を追ってみよう。 〈何もかも嫌になった こんな時何をしよう〉という冒頭のフレーズがすっと心に入ってくる。僕も時に感じることがある。日々の実感がある。〈信じてたあの人も しょうもない嘘ついた〉とあるが、信頼していたり仲間だと思っていた人から、嘘をつかれたり思いがけない反応をされたりということもある。日々の嘆きや憂いがある。どの年齢でもこのような実感はあるのだろうが、僕のような年齢の者にとっても身にこたえる。それでも少し時が過ぎれば、そのことをかなり忘れてしまう。忘却能力が高まってくることが年を取る利点だろう。

 さらに、〈心の形に溜まっていく吸い殻〉〈貝殻に耳を当てながら見た海〉〈果てしなく続いてく若草〉という断片的な描写によって、物や風景が心に浮かび上がってくる。〈怒りもあるならば素直に出せばいい〉もその通りだろう。自らの感情に素直になりたい。

 吉井和哉は、自らの心のあり方に忠実に率直な言葉を用いて日常と風景を歌っている。そして、過去から現在そして未来へと向かう自分を歌っている。

 〈いろいろいろんなこと知ってしまう前に〉〈幼い記憶〉というフレーズは、前回引用した映画『みらいのうた』で吉井が話した〈静岡の少年の時のまま 変わらずに すべてを成し遂げたいなと思っていることが夢かもしれない〉に呼応しているだろう。無垢な少年時代には、喜びも楽しさも、痛みも寂しさもある。そのような経験を経て〈僕の過去は僕のメロディになる〉。時は過ぎ去る。〈いろいろいろんなこと知ってしまう後も〉、その経験は〈君と僕を繋ぐメロディになる〉。

 そのようにして生きてくことが、〈僕〉や〈君と僕〉を繋ぐメロディになるのならば、生きていくことは〈怖くはない〉と歌うことができる。そしてそのメロディは〈未来の歌〉となる。


 生きていくことは怖いこととの遭遇の連続でもある。

 大きな怖いこと。小さな怖いこと。子供にとって怖いこと。大人にとって怖いこと。

 恐怖。不安。心配。危惧。

 触れたくないこと。触れられたくないこと。消し去りたいこと。逃げ出したいこと。


 年を重ねても怖いことがなくなるわけではない。むしろある意味では増えてくるといえるかもしれない。それでも年を取ってくると、怖いことのなかにすこし隙間のようなものができてくる。その隙間や空白に身を置くことによって、怖いことから少し離れることができる。自分に対して〈怖くはない〉と囁くこともできる。そして、過ぎ去った自分かつての自分に対しても、〈怖くはない〉と感じるこのあり方を伝えてあげたくなる。


 歌詞や広く詩のなかで〈怖くはない〉という意味の表現に出会うことは少ない。そんなことを考えているうちに、宮澤賢治〔雨ニモマケズ〕の一節が思い起こされた。

 南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ

 〈コハガラナクテモイヽ〉は、宮澤賢治が「南ニ死ニサウナ人」他者に語りかける言葉である。そして、その言葉は賢治自身にも返ってくる。〈怖くはない〉は、吉井和哉が自分自身に語りかける言葉である。そして、その言葉は他者へと向かっていく。他者から自己へ、自己から他者へ、と言葉の方向性は異なるが、同じように自己も他者もつつんで広がっていく。


 吉井和哉の〈怖くはない〉という言葉はこの時代に最も必要とされる詩句ではないだろうか。


 YouTubeの公式コメントにEnglish versionが掲載されていたので最後に引用したい。〈怖くはない〉は〈It won't frighten me〉と訳されている。この英語版はこの歌の普遍性を表しているだろう。

 

When nothing matters anymore
what can be done at that time?
Another person I trusted
told a pointless lie

While I play my guitar in the corner of a small room
The cigarette ash piles up
in the shape of a heart

Change is on its way but in the meantime 
I'll sing today as I always do
Before I learn the many things I'd avoided

That past of mine
is in this melody of mine
It doesn't frighten me
This is a song for the future

When it's time for your destination to change
It will arrive with fierce pain

Childhood memories come
with a longing
With a seashell pressed to my ear, I saw the ocean

If it brings a smile to your face,
I'll sing today as I always do
If you're angry
there's no need to hide your feelings

I yell from right where I am
I love you more than anything
My small bed becomes my stage

I feel a gentle breeze on my cheek
The meadows of lush green are endless

Change is on its way but in the meantime
I'll endure today as I always do
No matter how many times I fall
I'll show how I rise

If I am to disappear from here one day,
I'll sing today as I always do
After I have learned the many things I avoided
It could be the melody that connects you and I
It won't frighten me
This is a song for the future

An answer to my prayer
This song for the future


 

2026年5月17日日曜日

吉井和哉の〈本当の夢〉-映画『みらいのうた』1

 映画『みらいのうた』を見ることができた。吉井和哉と彼をロックに導いたERO(高林英彦)の生の軌跡を追ったドキュメンタリー映画。監督はエリザベス宮地。2025年制作。


 吉井和哉については志村正彦との関係で関心を持ち始めた。

 志村正彦・フジファブリックは、THE YELLOW MONKEYのトリビュートアルバム『THIS IS FOR YOU~THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM』で「Four Seasons」をカバーした。このアルバムの発売日が2009年12月9日であったことから、志村の声が生前最後に録音されてリリースされた音源だとされている。

 そのような関係があったことから、吉井和哉は、翌年の2010年7月17日に富士急ハイランド・コニファーフォレストで開催された志村正彦の追悼の意味合いが濃いコンサート『フジフジ富士Q』で『マリアとアマゾネス』と『Anthem』を歌った。筆者はこのコンサートを収録したDVDを見ただけだが、特に『Anthem』を歌う吉井の声と瞳、その時間の富士山や茜色に彩られた夕景は、心に深く刻み込まれるものだった。

 この映画に関しては〈人生の7割は予告編で 残りの命 数えた時に本編が始まる〉という紹介文に惹きつけられた。昨年の12月5日公開以降、劇場でなんとか見ようと上映館を探したのだが場所と時間の問題で見ることが叶わなかった。配信されるのを待っていたところ、幸いなことに4月27日からU-NEXTで独占配信が始まった。さっそく先の連休中に視聴したが、心を深く動かされる作品だった。3日間のレンタル期間中、毎日一回、結局三回見ることになった。この配信の本編終了後には14分ほどのU-NEXT限定特典映像 があった。これも興味深いものだった。 


 まずこの映画の予告編を紹介したい。



 予告編にある内容を簡潔にまとめる。吉井がEROとの40年ぶりのセッションを行うために撮影を開始するが、EROは大病を患っていた。吉井の喉頭がんも発覚した。2022年から2025年までの3年間、二人が闘病しながら人生と音楽に向き合っていく姿を記録していく。

 これから見る人のために具体的な内容に触れることは控えるが、一つだけ、本当の夢はどういうものだったか、というインタビュアーの問いに対する吉井和哉の回答を引用したい。


静岡の少年の時のまま
変わらずに
すべてを成し遂げたいなと思っていることが夢かもしれない

どれだけ自分の心を汚さずに成功できるかっていうこと
汚れたけどだいぶ 汚れたけどいかにそこを残したまま
いろいろ成し遂げたいというのがもしかしたら夢かな


 吉井の〈静岡の少年の時のまま 変わらずに すべてを成し遂げたい〉という言葉には、故郷の静岡という場と少年という時代への無垢な思い、そこから発する夢への強い思いがあふれている。

 吉井は1966年東京で生まれたが、五歳の時に不慮の事故で父親を亡くした後、母親の故郷静岡で暮らすことになる。静岡での少年時代と青年時代の始めまでの日々が吉井の人生を決定づけた。ERO(高林英彦)との出会いによってロックの世界に入り、やがて、EROがリーダーでボーカルのバンド「URGH POLICE アーグ・ポリス」に加入しベースを担当する。1988年、THE YELLOW MONKEYを結成し、ボーカル・ギターと作詞・作曲担当。1992年にメジャー・デビュー。その後の活躍は音楽ファンのよく知るところだろう。


 この映画の英語タイトルは『Time Limit』。ストレートな題名だが、人生の終わりが少しずつだが確実に訪れてくる年齢の人間の心に染みこんでくる作品だった。僕はこの映画に深く共感した。〈人生の7割は予告編で 残りの命 数えた時に本編が始まる〉という言葉が迫ってきた。吉井和哉やTHE YELLOW MONKEYのファン、ロック音楽を愛する人だけでなく、自分の人生そのものについて考えたい人にとって必見の映画である。ご覧になることを勧めたい。

    (この項続く)


2017年1月5日木曜日

芥川龍之介「元日や手を洗ひをる夕ごころ」       

 元日や手を洗ひをる夕ごころ       芥川龍之介

 元日を迎えるとこの句を思う。芥川自選の七十七句を編んだ『澄江堂句集』の一句。芥川の作という枠を超えて、今や元日の句として最も有名な句であろう。

 元日は、初日の出、朝の時間が祝福される。だが、芥川は朝をそれとなくやりすごす。昼から夕方へと時は移り、「手を洗ひをる」。身体の所作だが、幾分か象徴的でもあり、自分を洗う、自身を浄める意味を帯びているかもしれない。補助動詞「をる」のおさまりがいい。「洗ふ」動作に終止符を打ち、いったん間をあけ、「夕ごころ」につなげていく。

 芥川龍之介は眼差しの人でもある。自らの「手」を凝視した後、田畑の家の庭にでも降りて、夕暮れを見たのだろうか。それとも書斎にいて記憶の夕景を思い出していたのだろうか。どちらにしろ、彼は「夕ごころ」に佇んでいる。
 「yuugokoro」というなめらかな響きはどこか懐かしいが、芥川特有の憂愁がある。

 芥川は夕暮れ、日暮れの時を好んだ。よく読まれている作品では『羅生門』冒頭の「ある日の暮方の事である」、遺稿『或阿呆の一生』の「彼は日の暮の往来をたつた一人歩きながら、徐ろに彼を滅しに来る運命を待つことに決心した」など、繰り返し表現している。日暮れ時、物語の主人公は一人で往来を歩く。路地を彷徨する。その憂愁に包まれている。
 そんなことを考えていると、志村正彦・フジファブリック『茜色の夕日』が浮かんできた。この歌にも「夕ごころ」の憂いが込められている。

 大晦日にさかのぼりたい。朝日新聞朝刊のある面全体に歌詞らしきものがあった。下の小さな文字を読んで、NHK紅白歌合戦に出場する「THE YELLOW MONKEY」のメッセージ広告だと分かった。「ロックの歌詞」がこのような形で新聞の全面を覆うのは初めてのことではないか。どれだけの経費がかかったのか。毒を以て毒を制すということなのか。「残念だけど、この国にはまだこの歌が必要だ。」という言葉が添えられていたが、確かに、この国に必要な歌であることは間違いない。

 夜、紅白を見た。椎名林檎とRADWIMPSのドラマーが刄田綴色だと気づいて驚いた。
 終盤近くになって、THE YELLOW MONKEYの登場。
 吉井和哉が、ロック的なあまりにロック的な『JAM』を堂々と切々と歌う。2016年のロックの聞き納めとなった。

  儚なさに包まれて 切なさに酔いしれて
  影も形もない僕は
  素敵な物が欲しいけど あんまり売ってないから
  好きな歌を歌う
     ( THE YELLOW MONKEY 『JAM』  作詞・作曲:吉井和哉 )