11月15日谷崎潤一郎「母を恋うる記」(甲府文と芸の会第2回公演)

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2025年2月28日金曜日

2025年2月28日 [志村正彦LN362]

  現在のフジファブリックはこの2月末で活動を休止する。モバイルサイト「FAB CHANNEL」は今日で終了なので、2025年2月28日が活動休止の正式な日となるのだろう。

 この活動休止を受けて、このところ、NHKのラジオ番組や地元新聞などで、フジファブリックが話題となることがいくつかあった。このブログの目的の一つは志村正彦・フジファブリックに関する記事や出来事を記録しておくことにあるので、これらの話題について記しておきたい。


 2月16日、「サカナクション・山口一郎〜Night Fishing Radio〜」という番組で、フジファブリック「FAB FOX」が取り上げられた。僕はこの番組を聞き逃してしまったので、番組WEBの説明を引用したい。

ミュージック・マスターピース~その時名盤は生まれた~ 【今回の名盤】フジファブリック「FAB FOX」 【リポーター】川床明日香
毎回1枚の名盤にフォーカスしてお送りする特集企画。今回は、この2月で活動を休止する日本のバンド、フジファブリックの「FAB FOX」を特集。2005年にリリースされ、「銀河」「虹」「茜色の夕日」など、初期の代表曲を収めた、多彩な魅力に満ちたこの傑作を深掘りします。番組後半ではおなじみ、DJで音楽ライターの佐藤吉春さんが、最新のダンスミュージックを紹介してくれます!

 山口一郎はアマチュア時代にフジファブリックのライブを見て、特に志村正彦へのあこがれを抱いていた。以前「銀河」について「歌詞は超秀逸だし、メロディもすごいし展開もすごいね」と語ったこともある。この番組では何を話したのという興味がある。(ネットのどこかにその内容が記されてないだろうか)


 2月18日、NHKラジオの「マイ・フェイバリット・アルバム」という番組で、詩羽(水曜日のカンパネラ)がアルバム『CHRONICLE』の曲について語った。こちらの方はネットラジオ「らじる☆らじる」で聴くことができた。「バウムクーヘン」「Sugar!!」「タイムマシン」などが放送された。やはり、歌詞の世界に強く惹かれてきたようだ。


 少し遡るが、2月2日、「弁護士ドットコムニュース」で、「2月活動休止「フジファブリック」、弁護士になった初期メンバーの感謝「皆さんがいたから今の正彦もある」という題で、富士ファブリックのメンバーだった小俣梓司さんのインタビュー記事が載せられた。「普通のどこにでもいそうな男子高校生がすげえ頑張った。普通の大学生が楽しむ時間をすべてストイックに音楽に打ち込んだ。努力がすごかったんです。…」「素朴なところとか不器用なところとか普通なところとか、シャイですけど友だちへの思いやりがあるところとか。正彦のそういうところが好きです。…」など志村正彦に関する興味深い指摘が幾つもあるのだが、最後に「…富士ファブリックは、ぼんやりとした友情の結合体のようなもので、そのうち正彦はプロに、私は弁護士、へいちゃんは『いつもの丘』の神社の神主さんになって、たかさんは地元で楽しくやっていて、富士吉田に帰るといつも温かく迎え入れてくれる。ある意味、自分たちの富士ファブリックは今も続いている感じです」と語っているのがとても印象に残った。


 2月25日、山梨日日新聞に「フジファブ休止…でも「正彦の歌はこれからも」」という記事が掲載された。冒頭に、志村さんの思いや生きた証を届けようと活動している地元の同級生らは「正彦の歌や歌に乗せた思いは、これからもずっと残り続ける」と一つの節目に改めて感じている、とあり、同級生の奥脇一寛さんは「音楽で飯を食うなんて現実的ではない」と遠巻きに志村を見ていたが、ミスチルの桜井和寿が「若者のすべて」をカバーするなど「本当に肩を並べるようになって、心が震えた」と話し、篠原務さんは「(志村さんが)高校時代の同級生と組んでいた『富士ファブリック』が、自分にとってのフジファブリック」と言う、と書かれていた。

 志村の同級生たちにとっての「フジファブリック」は、いつまでもどこまでも、「富士ファブリック」なのであろう。


 オリジナルの富士ファブリック、インディーズのフジファブリック、メジャーのフジファブリックと三つのフジファブリックがあった。実際には、メジャーのフジファブリックは志村の死去によって二つのフジファブリックに別れている。だから、四つのフジファブリックがあったのだが、2004年から2009年までの志村がフロントマンだったメジャー時代が活動の頂点であったことはいうまでもない。今日、その二十五年に及ぶバンドの歴史が、「活動休止」という形で区切りというよりも実質的に終わりを迎えることになる。


 毎年2月になると、ある歌のことが思い浮かぶ。志村正彦作詞・作曲の『ルーティーン』だ。2009年2月6日、スウェーデンのストックホルムで録音された。偶然だろうが、NHKホールのライブも2月6日に開催された。十六年の時が流れたことになる。


 志村は「ストックホルム”喜怒哀楽”映像日記」(『CHRONICLE』付属DVD)で「最後にちょっとセンチメンタルな曲を一発録りでもう、多分歌も一緒にやるか、まあでもマイクの都合でできないかな、もうみんなで一斉にやって『終了』って感じにしたくて」と話して、「一発録り」で収録した。志村のヴォーカルとギター、山内総一郎のギター、金澤ダイスケのアコーディオンの演奏が撮影された貴重な映像だ。ネットにあるものを添付させていただく。



 志村はこの曲について「OKMusic」というサイトで次のように語っている。

日本でデモは作ってたんですけど、この曲だけ歌詞は向こうで書いたんです。向こうの空気を吸って書いてみると、新しい何かなるんじゃないかなって。でも、「ルーティーン」の曲名に連想されるように、どこにいても自分は変わらないというか、結局やることは一緒で、自分は自分なんだなってことに気付きました。そういうものが歌詞にも表れたんじゃないですかね。

  この曲は結果として、志村自身がスタジオで録音し完成した最後の作品となった。「どこにいても自分は変わらない」「自分は自分なんだな」、そのような自分自身がルーティーンとなる。日々を過ごしていく。そして歌を生み出していく。


 「ルーティーン」の歌詞には「日が沈み 朝が来て/昨日もね 明日も 明後日も 明々後日も ずっとね」とある。

 今、志村正彦・フジファブリックの歌が、聴き手にとって大切なルーティーンとなっている。


 日が沈み、朝が来る。

 昨日も、明日も、明後日も、明々後日も、ずっと、愛されていくだろう。



2025年2月23日日曜日

解放のベクトルの差異

 2月6日のフジファブリックNHKホールライブのアーカイブ配信を何度か視聴しているうちに、2014年11月の武道館ライブのことを思いだした。

 志村正彦の音源の声による「茜色の夕日」と山内総一郎の声による「若者のすべて」に続いて、山内が作詞した「卒業」が歌われた。「卒業」はアルバム『LIFE』の15曲目、最後の曲であり、この歌を逆回転させて作られたのが1曲目「リバース」、再生という意味を持つ曲である。『LIFE』というアルバム全体が〈生〉〈再生〉というメッセージを持つ。

  「卒業」の作詞・作曲者は山内総一郎。歌詞の全文を引用する。


扉風ふわり立つ ぼくらの体を包み込む
沢山の思い出はこっそり鞄に詰め込んだから

ゆらゆらゆらり滲んで見えてる空は薄化粧
それぞれ道を歩けばいつかまた会えるだろう

さなぎには触れるなよ もうすぐ羽ばたく時が来て
殻の中もがいてる心を大きく解き放つでしょう

静かな丘に登れば 出て来た街を見渡そう
暗い夜道に迷えば 思い出し灯火燃やそう

春の中ぽつり降る ぼくらの足跡消して行く
悲しみは 悲しみはこのまま雨と流れて行けよ


 『卒業』の歌の主体〈ぼくら〉は、山内総一郎、金澤ダイスケ、加藤慎一を指しているだろう。〈ぼくら〉は〈沢山の思い出〉を鞄に詰め込み、〈それぞれ道を歩けばいつかまた会えるだろう〉と自らに言い聞かせる。その再会の相手は、意識としても無意識としても、志村正彦その人だと解釈できるかもしれない。

 〈さなぎ〉は、〈ぼくら〉の〈殻〉の中でもがいている〈心〉の象徴である。その〈さなぎ〉に〈触れるなよ〉と強く禁じているのは、もうすぐ〈羽ばたく時〉、〈心〉を〈大きく解き放つ〉卒業の時が訪れるからだろう。そのことを〈ぼくら〉は望んでいる。

 〈静かな丘〉〈出て来た街〉〈暗い夜道〉〈灯火〉〈春の中〉。これらの情景や季節には、志村正彦の故郷富士吉田の風景と歌詞の世界が反映されているように感じる。しかし、〈雨〉が〈ぼくらの足跡〉を〈消して行く〉。その〈悲しみ〉に対して、〈このまま雨と流れて行けよ〉と命じている。

 〈僕ら〉の〈心〉を解き放つこと、〈僕ら〉の〈悲しみ〉を消していくこと。この二つの心の在り方が「卒業」では歌われている。2014年という時点であらためて、山内・加藤・金澤の三人によるフジファブリックの誕生を宣言している。


  2月6日のNHKホールでのライブでは、2024年2月リリースの12枚目のアルバム『PORTRAIT』収録の「KARAKURI」が演奏された。「KARAKURI」の作詞は加藤慎一、作曲は山内総一郎。歌詞の全文を引用する。

えー皆様これからお見せしますのは 世にも
珍しくってこんな様子だって何にもない 策謀
お目が高いね おさわりはダメね
お会計はこちらね 後悔させないからね それでは 始めよう

軽快に太鼓鳴って稀有なタップ踏んでみな 渇望
外連味だってそうさ性に合って造作もない されど
限界なんて超えて 衝動をたぎらせろ
他で得られんぜ ここまで来たら

真っ赤かにと燃えて
真っ赤かにと染めた
真っ赤かにと燃えて
どんな遠慮なんてせんぞ何も

ただ僕は祈ってる解放の時は来ると言ってくれ
出してくれ籠から食い破れば鳥のように飛びたって

どれだけ島越えて彼の地を目指すんだ
逢いたい者皆 そう宝
三年待った石の上望めば修羅になれ
殺気立った牙を剥け それから

さらけ出せよ どこまでも
やり場ないこの 怒りをさ
再会の日 待ち侘びて
すがり付いても 祈ろう祈ろう
神よ仏よ

いや 本当ならばsave/load
傀儡らしく怠惰遂げろよ
土竜のように咽び泣いて
相対そうね哀を止めなよ
神楽模して眺めたいぜ

えー皆様これからお見せしますのは 世にも

大体奴ら籠の中
もしや己も籠の中


 加藤らしい奇想天外な歌詞の世界。まさしく〈KARAKURI〉のように言葉が乱雑に組み合わされているので、この歌詞を読み解くのは難しい。

 ただし、〈僕〉が〈籠〉からの〈解放〉の時が来ることを、〈籠〉から〈鳥〉のように飛びたつことを祈っていることは確かだろう。そして、〈彼の地〉を目指し、〈再会〉の日を待ち侘びている。

 〈すがり付いても 祈ろう祈ろう〉は、歌詞の主体の真正な祈りだろうが、その反面、この祈り自体が〈KARAKURI〉のように作られた見世物の〈籠〉の中の出来事かもしれない、という懐疑もある。〈奴ら〉も〈己〉も所詮は〈籠〉の中にいるのかもしれない、という醒めた認識もある。

 あるいは、この〈籠〉は、現在のフジファブリックそのものを表しているのかもしれない。『PORTRAIT』というアルバムタイトルは肖像画、それもセルフポートレート、自画像という意味を伝えているのだろう。


 2014年リリースの山内作詞「卒業」と2024年リリースの加藤作詞「KARAKURI」。作詞者も楽曲の雰囲気も異なるが、〈解き放つ〉と〈解放〉という共通するモチーフがある。

 山内・加藤・金澤の三人によるフジファブリックが、志村正彦を失った後に、意識的無意識的に自らに問い続けてきたのは、この解放というモチーフだろう。その解放は、志村正彦への解放と志村正彦からの解放という相反する方向性を持っていたと考えられる。

 志村正彦への解放とは、志村が創造したフジファブリックの世界を再解釈することにによって新たに構築していくことである。志村の世界へと深く入り込むことが、逆説的だが、山内・加藤・金澤の三人の世界を見つけ出すことにつながる。

 これに対して、志村正彦からの解放は、文字通り、志村の世界から解き放たれることである。この方向を進んでいけば、志村が創ったフジファブリックの世界と次第に遠く離れていくことになる。


 志村正彦への解放と志村正彦からの解放では、そのベクトルの方向がまったく異なる。2010年から2025年までの時の流れの中で、山内・加藤・金澤の三人のフジファブリックがどのような解放のベクトルを描いたのかは、聴き手の一人ひとりが判断することだろう。

 金澤の脱退とフジファブリックの活動休止という選択は、この解放のベクトルに対する考え方の差異から生じたのではないかと、僕自身は推測している。 


2025年2月7日金曜日

2025.2.6 「フジファブリック LIVE at NHKホール」オンライン生配信

 昨夜、「フジファブリック LIVE at NHKホール」のオンライン生配信を視聴した。活動休止前の最終公演だった。


 我が家の場合、オンライン配信では中程度の大きさのモニター画面を「見る」そして小さなスピーカーからの音を「聞く」ことになる。会場での体験と違って、ホールの雰囲気も人の熱気も、何よりも音の圧力も振動も伝わらない。当然ではあるが、配信のためにミックスされた画像や音声を受けとめるだけである。ライブの様子を「眺める」ような視線になってしまう。やはり、どうにもならない一種の隔たりがある。どこか一歩引かざるをえないような、客観的ともいえる眼差しからメンバーの様子を追いかけることになった。

 この日の山内総一郎は、どこか疲れているというか体調があまり良くないように見うけられた。あるいは、活動休止時前の最後のライブという重圧や緊張のせいだろうか。ところどころ、歌の音程や声の強弱がやや不安定になっていた(あくまでも僕の受け止め方だが)。ときどきクローズアップされる映像からは、金澤ダイスケと加藤慎一も山内の調子を気にしているような感じがあった。そのことを心配した。オンライン生配信ゆえの感覚かもしれないが、実際はどうだったのだろう。


 それでも時間が経つにつれて、演奏に力が入ってきた。特に、「KARAKURI」「Water Lily Flower」「ブルー」と続いた三曲の流れは、山内・金澤・加藤によるフジファブリックの達成を明確に伝えていた。

 明るい叙情性を持つ山内の詞と奇想天外な加藤の詞という二つの歌詞世界。イントロは抑え気味にしながら、次第に、転調や変拍子を加えながら煌びやかで重厚なリフで楽曲を盛り上げ、それに合わせるようにして山内の声が広がり、ときにコーラスが響いていく。簡潔に記すとこうなるだろうか。現在の日本語ロックのシーンのなかでは、質の高い優れたサウンドを作り上げてきたバンドであることは間違いない。

 演奏では「ブルー」のギター・ソロが圧巻だった。ギタリスト山内総一郎の技術やセンスが発揮されていた。ギタリストとしての彼の力が再認識できたことはこのライブの収穫だろう。金澤ダイスケの多彩で繊細なキーボード、加藤慎一の柔軟で抑制されたベースも光っていた。サポートの伊藤大地のドラムと朝倉真司のパーカッションも力強くリズムを敲きだしていた。このようなフリースタイルのプログレッシブ・ロックを、今、この日本で聴けたこと自体が大きな驚きだった。

 全23曲、3時間近くをかけた、現在のフジファブリックの集大成ライブだった。


 最後に、フジファブリックに関わった「すべての人」に対する感謝、「ありがとう」の言葉が伝えられたことは心に残った。ただし、オリジナルの富士ファブリック、インディーズ時代のフジファブリックの存在への言及が全くないことには違和感を覚えた。彼らを含めてのフジファブリックの歴史である。メジャー初期のオリジナルメンバーであった足立房文の名が呼ばれることもなかった。「すべての人」のなかに含まれているという理由からなのだろうか。

 活動休止ということだが、サウンド面の中心を担ってきた金澤ダイスケが今月末で脱退するので、実質的には解散あるいはそれに近いものだと考えられる。最後の彼らの表情は、フジファブリックがその円環を閉じるというこの選択を、寂しさや哀しさと共に、静かに穏やかに受けとめているように見えた。


 本編からアンコールまですべての曲が2010年以降の作品であった。つまり、志村正彦の作品は演奏されなかったことになるが、これは事前に予想したとおりだった。昨年8月の〈フジファブリック 20th anniversary SPECIAL LIVE at TOKYO GARDEN THEATER 2024「THE BEST MOMENT」〉での志村曲を映像と共に演奏するという特別な演出によって、志村への感謝とリスペクトを表現したからだろう。

 昨夜のライブは、「フジファブリック LIVE at NHKホール」というタイトルであり、20周年記念のなかには位置づけられてなかった。活動休止前の最後という点も特別に強調されてはいなかった。おそらく、この規模のホールでのワンマンライブで2010年以降の楽曲だけが演奏されることはこれまでなかったと思われる。


 つまり、2025年2月6日のライブは、山内・金澤・加藤によるフジファブリックの作品のみで構成された、最初で最後のコンサートホールライブだった。

 志村曲を演奏しなかったこの判断は尊重されるべきだろう。同時にそのことは、2010年以降に彼らの歩んだ道が、様々な評価を伴うような困難な軌跡を描いたことも表している。



2025年2月2日日曜日

oppeke⇒notteke⇒otteke を「追ってけ追ってけ」[志村正彦LN361]

  志村正彦の歌詞には、〈音〉の効果を活かした言葉、擬態語、擬声語、オノマトペ的な言葉が少なくない。おそらく、意味にならない言葉を追い求めていくことが彼の歌詞作りの原点だったのではないか。

 「追ってけ追ってけ」の〈追ってけ追ってけ追ってけよ/ほら手と手 手と手〉を聴くと、アストロノウツ「太陽の彼方に」の日本語カバー曲の〈乗ってけ乗ってけ乗ってけサーフィン/波に波に波に乗れ乗れ〉〈notteke notteke notteke/namini namini namini nore nore〉というフレーズを思いだす人も少なくないだろう。

  アメリカのバンド、アストロノウツのインストゥルメンタル曲「太陽の彼方に」にタカオカンベによる日本語歌詞を載せたカバー曲「太陽の彼方に」は、1964年、藤本好一・寺内タケシとブルージーンズによるシングルが最初にリリースされたが、僕等の世代にとっては1972年のゴールデン・ハーフの「ゴールデン・ハーフの太陽の彼方」が印象に残る。その音源と歌詞を引きたい。

 


 乗ってけ 乗ってけ 乗ってけ サーフィン
 波に 波に 波に 乗れ乗れ
 揺れて 揺られて 夢の小舟は
 太陽の彼方

 60年代のエレキサウンドに合わせた譜割りの歌詞が心地よいリズムを奏でる。今この曲を聴くと、あのPUFFYのサウンドの原型がここにあるのではないかとも思ってしまう。


 もっと時代を遡ると、ある曲のフレーズが浮かんでくる。「オッペケペー節」の〈オッペケペー オッペケペ/オッペケペッポーペッポッポー〉だ。

 「オッペケペー節」は明治時代の流行歌。川上音二郎が「オッペケペー節」(三代目桂藤兵衛作)を寄席で歌い、大評判となり、1900年に欧米に行った際にイギリスのグラモフォン・レコードで録音し、SP盤を発売した。これが日本人初のレコード録音だったとされている。また、そのリズミカルで奔放な歌詞から、日本語ラップの最初の歌とも言われている。歌詞を読むと、明治時代の社会や政治に対する皮肉や批判が込められている。

 youtubeにはオリジナル録音からカバーヴァージョンまでいろいろな音源があるので聴いてみるとよいだろう。あるヴァージョンの歌詞にはこうある。〈心に自由の種をまけ〉というところは、きわめてロック的でもある。

 貴女に紳士の出で立ちで 上辺の飾りはよけれども
 政治の思想が欠乏だ 天地の真理がわからない
 心に自由の種をまけ
 オッペケペー オッペケペッポーペッポッポー

 

 「追ってけ追ってけ」は〈otteke otteke ottekeyo/hora tetote tetote〉。「オッペケペー節」は〈oppekepe oppekepe/oppekepeppo peppoppo〉。《oppeke⇒otteke》《peppoppo⇒tetote》というあたりに、僕は音の響きやリズムの対応関係を感じてしまう。

 志村が「オッペケペー節」の〈otteke otteke〉や「太陽の彼方に」の〈notteke notteke〉のフレーズを意識して作詞作曲したのではないだろうが、どこか無意識の領域で影響を受けている可能性がないとはいえない。〈音〉の反復フレーズの作用は強く、印象深い言葉のシニフィアンは連鎖するからだ。

 そうは言っても、「追ってけ追ってけ」には、「オッペケペー節」の社会への痛烈な批判が込められた自由で愉快な世界や「太陽の彼方に」のどこまでも明るく突き抜けたような夢の世界の感触はない。やりきれない閉ざされた世界から飛び出したいという鬱屈した願望が伝わってくる。

 志村正彦的なあまりに志村正彦的な世界である。

2025年1月25日土曜日

「追ってけ追ってけ」の追跡 [志村正彦LN360]

 2025年になり、新年あらたまってというわけでもないが、今年は原則として時間軸にそって志村正彦・フジファブリックの作品を追っていこうと思う。

 今日は2003年6月リリースのインディーズ2枚目ミニアルバム『アラモード』収録の「追ってけ追ってけ」。翌年のメジャー1枚目アルバム『フジファブリック』で再録音された。

 普段は歌詞カードを見ながら楽曲を聴き、とりあえず思いついたことを書き始める。当然ではあるが最初から言葉が頭に入ってくる。今回はなんとなく音源だけを聴くことにした。

 フジファブリックの公式YouTubeから音源を引いてみる。

  追ってけ追ってけ · FUJIFABRIC (作詞作曲:志村正彦)



 ギター、ベース、ドラムのうねるようなリズムに乗って、ドアーズを彷彿とさせるようなオルガンの音がのびやかに広がっていく。どこかに連れて行かれそうなグルーブの感覚、一種の浮遊感がある。

 イントロに続いて、志村の歌が聞こえてくる。

merameramoeru aitenomemiru to
sugunisorasi tesimattanodatta
muzugayuine mizunomihosityatte

 第1ブロックでは《m》の音が《r》の音と絡まりながら反復し、そのうちに《s》音や《t》音も重なっていく。音が言葉を句切って意味を成していくというよりも、そのまま拡散していく。音のつぶつぶが浮遊していくような奇妙な感覚に襲われる。

 歌詞カードを読むと、聞こえてきた音の群れは次のような言葉を作り出している。第1ブロックでは特に、言葉の句切り方と歌い方とのあいだにズレが起きている。意図的なものだろうが、言葉の音そのものが強調される効果がある。

めらめら燃える相手の目見ると
すぐにそらしてしまったのだった
むずがゆいね 水飲み干しちゃって

 歌の主体は〈相手〉の〈目〉をそらして、水を飲み干す。〈むずがゆいね〉という身体的感覚は、〈めらめら燃える〉相手の視線に対するものだろうか。


 第2ブロックでは《k》音が《r》音と絡まるが、《m》音も引き続き繰り返される。

kirakirahikaru mehosometemiru
maegaminokage tyottodakemieru
modokasiine jamanamonowatotte

きらきら光る 目細めて見る
前髪の影 ちょっとだけ見える
もどかしいね 邪魔な物は取って

 相手の目が〈きらきら光る〉のだろうか。歌の主体は〈目を細めて〉それを見る。〈前髪の影〉が少しだけ見える。〈きらきら〉の光をさえぎる影がもどかしくて邪魔だ。取り払ってほしい。


 この後でサビの〈追ってけ追ってけ追ってけよ/ほら手と手 手と手〉をはさんで、第三ブロックが登場する。《y》音が《r》音と絡まってゆく。続いて《k》音が目立つようになる。

yurayurayureru tabakonokemuri
damattahutari kissatennosumikko
tobidasunowa zikannomondaisa

ゆらゆら揺れる煙草のけむり     
黙った二人 喫茶店の隅っこ
飛び出すのは 時間の問題さ

 歌の主体と〈相手〉の二人は黙ったままで〈喫茶店〉にいる。〈煙草〉をくゆらせているのか、周りにその〈けむり〉が立ちこめているのかは分からないが、この喫茶店の空間は濃密のようだ。


 志村正彦は『FAB BOOK』のインタビューでこの曲について、「カフェミュージック的なものをつくろうとして、うまくできなくて(笑)。で、つくった曲」と述べている。

 〈カフェミュージック〉の〈カフェ〉の痕跡が〈喫茶店〉だ。つまり、〈カフェミュージック〉が上手くできなくて、代わりに作られたのがこの 「追ってけ追ってけ」、昭和風の〈喫茶店〉を舞台とする音楽なのだろう。

 おそらく二人のうちの一人が(あるいは二人かもしれないが)、喫茶店の場から〈飛び出す〉のは〈時間の問題〉だとされるが、歌詞は断片的であり、不確かな物語しか浮かび上がらない。二人のあいだにいったい何が起きたのか。

 この歌の世界は、めらめら燃え、きらきら光り、ゆらゆら揺れている。擬態語、オノマトペが繰り返し使われる。《m》《k》《t》音が《r》の音と絡まって編み出されてゆく〈めらめら〉〈きらきら〉〈ゆらゆら〉が意味にならない想いを表出し、最終的に〈喫茶店〉から〈飛び出す〉という衝動を生み出していく。志村は物語を描くのではなく、物語を生み出しそうな衝動を音そのもの、音のシニフィアンで伝えようとしたのではないか。


 サビのブロックは何度も繰り返される。

otteke otteke ottekeyo
hora tetote tetote

追ってけ追ってけ追ってけよ
ほら手と手 手と手

 《o》の音がキーになって繰り返される。聴き手の感覚として、〈teke〉〈teke〉〈teke〉、〈teto〉〈tote〉という音の組み合せが、芦原すなおの小説 『青春デンデケデケデケ』の題名のように、ベンチャーズのトレモロ・グリッサンド奏法のオノマトペを想起させる。

 〈追ってけ〉は、二人のどちらかがどちらかを追っていき、〈手と手〉を合わせようと物語を描こうとしているのだろうが、そのような物語的解釈ではなく、案外、左の手と右の手によってギターを弾き、楽曲の旋律を追っていくこと、つまりこの曲の演奏自体を表しているのかもしれない。そう考える誘惑に駆られてしまう。


 この不可思議な歌は、物語を超えた遊びを〈追ってけ追ってけ追ってけ〉と追跡している。

  (この項つづく)


2024年12月31日火曜日

2024年/NHK甲府「……志村正彦がのこしたもの~」 [志村正彦LN359]

 一週間前、今年最後の「山梨学Ⅱ」の授業で、NHK甲府「若者のすべて~フジファブリック・志村正彦がのこしたもの~」を受講生に見せた。

 山梨英和大学の2年次前期必修科目「山梨学Ⅰ」では、行政機関や博物館などの実務担当者や専門家を招聘講師として招いて、「行政と地域活性化-富士吉田市ハタオリフェスの試み」(富士吉田市富士山課)、「世界文化遺産-富士山ー信仰の対象と芸術の源泉」(山梨県富士山世界遺産センター)、後期の選択科目「山梨学Ⅱ」では「山梨ハタオリ産地の歴史とブランディング活動」(山梨県産業技術センター富士技術支援センター)という特別講義を行った。受講生は、地域、観光、行政、歴史、信仰、芸術、技術、広報という様々な観点から、富士吉田を中心とする富士北麓地方について学びんできた。さらに「山梨学Ⅱ」では、10月に富士吉田の「ハタオリマチフェスティバル」に行き、いろいろな方へのインタビューを通してハタフェスについての報告をSLIDEにまとめて、グループ別に発表した。知識だけでなく、実践的で探求的な活動を試みているが、年間を通じて富士北麓という地域が大きなテーマの一つとなっている。

  今回は、志村正彦・フジファブリックの音楽を広めていく地域の活動に焦点をあてて、志村正彦の同級生たちの活動、地域や地域を越えていく彼の影響力の広がりという観点を設定した。


 学生たちがNHK番組について書いた文章を六つほどここで紹介したい。


  • 彼の魅力が今も語り継がれているのは、志村さんが作る音楽が素晴らしいだけでなく、その人柄や思いが深く周囲に影響を与え続けているからだと感じた。それと同時に、多くの人に愛された志村正彦という存在と彼の作った曲は今後も決して忘れられることなく、人々の心に生き続けると確信した。
  • 番組で語られていた地元山梨に対する志村さんの想いや、音楽を通じて表現しようとした人間的な温かさに触れ、音楽だけでなくその背後にある彼の人生観や価値観にも魅了されました。地元に根差しながらも、広く世界に向けて発信していくその姿勢は、山梨という地域の誇りでもあると感じます。
  • 本人が亡くなってしまった後でも、本人のために何かをしてあげたい、こういう人がいたということを残してくれる人がいるということは、何よりも本人が生きて頑張った証なのだというように思った。

 志村正彦の「人柄や思い」が周囲に深く影響を与え続けていること、地元山梨に対する「想い」、音楽を通じて表現しようとした「人間的な温かさ」、「人生観や価値観」に魅了されたというように、志村正彦の存在そのものを受けとめようとする意見が多かった。また、彼の音楽が聞き続けられ、人柄が語り継がれる今日の状況は「何よりも本人が生きて頑張った証」だとされたことには、このブログの書き手としてとても共感した。

  • 私がフジファブリックを初めて知ったのは小学生の頃で、志村さんが亡くなられた後に志村さんを除いたメンバーが音楽番組に出演されていたのをたまたま目にして、それが非常に印象に残っていました。亡くなられてからもたくさんの人々に愛されていたお方なんだろうなあというのはその際から印象として持っていました。
  • 志村正彦さんの曲は中学生のときに担任の先生がギターで演奏してくれて知りました。歌詞一言一言に山梨の景色や空気、思い出など詰まっていて、聞いているだけで山梨の街並みが浮かんでくるような思いにさせられます。
  • フジファブリックのことを初めて知ったのは今年の前期で受講した山梨学だった。志村正彦さんの作った曲がその時にやった講義の中で一番心に残った。なぜなんだろうと思ったがおそらく僕は志村正彦さんの歌詞や志村さん自体の世界観が今までに出会った人たちとは全く違うからだと考える。


 小学生の頃に見た番組、中学生の時の担任のギター演奏、そして大学での講義、と出会い方は様々だが、志村正彦・フジファブリックとの出会いの機会は増えているようだ。もちろん、受講生の八割は山梨で生まれ育った学生だということがあるだろう。最後の文章には「志村正彦さんの歌詞や志村さん自体の世界観が今までに出会った人たちとは全く違う」と書かれている。そのような捉え方をさせる力が志村正彦という存在とその作品にはある。


 授業終了後、中国からの留学生が声をかけてくれた。9月の末に、新倉山浅間公園に行くために下吉田駅で下りたときにある曲が流れていたが、誰の曲かどうして駅でその曲を流すのかを分からなかったが、この番組を見てあの時の曲が「若者のすべて」や「茜色の夕日」だと分かり、志村正彦という人を知ることができて良かった、と語ってくれた。このような出会い方もあるのだ。


 今年2024年を振り返ると、まず第一に7月にフジファブリックが2025年2月で活動を休止することが発表されたことが挙げられるだろう。一つの時代が終わり、フジファブリックという円環が閉じられる。

 それに関連して、8月に、フジファブリック 20th anniversary SPECIAL LIVE at TOKYO GARDEN THEATER 2024「THE BEST MOMENT」が開かれた。志村家の協力によって、これまでにない素晴らしい演出となった。『モノノケハカランダ』『陽炎』『バウムクーヘン』『若者のすべて』では、志村正彦の音源・映像とステージでの生演奏がミックスされた。アンコールの『茜色の夕日』では画像はない代わりに、志村の歌う声が強く響いてきた。

  6月にNetflix映画『余命一年の僕が、余命半年の君に出会った話。』が配信された。劇中歌として『若者のすべて』が使われたが、物語そのものに深くこの歌が関わっていた。(そのことはこのブログで数回に分けて書いた)

 『若者のすべて』の優れたカバーが続いた。映画『余命一年の僕が、余命半年の君に出会った話。』主題歌のsuis from ヨルシカ、大島美幸・こがけんのデュエット、ガチャピン。その他、YouTubeでもいくつもカバーがアップされている。すべてを追えないくらいだ。

 この曲が人びとに聴かれて、ますます広がり、知名度も上がっていることを実感した。


2024年12月20日金曜日

アンコール放送・全国配信、NHK甲府「若者のすべて〜フジファブリック・志村正彦がのこしたもの〜」[志村正彦LN358]

 今夜12月20日の午後7時半から、NHK甲府の「金曜やまなし」枠で、2019年12月13日に放送されたヤマナシ・クエスト 「若者のすべて〜フジファブリック・志村正彦がのこしたもの〜」のアンコール放送があった。「アンコール放送」とされているのは、たくさんのファンからの要望があったからだろう。


 初回放送から五年が経っている。すべてが懐かしい。そんな想いにとらわれた。志村正彦という存在も、その歌も、彼の故郷も、彼の友人たちも、この番組自体も、五年の時が流れているのだが(五年の時しか流れていない、というべきかもしれないが)、そのすべてがもはや懐かしい。あたかも、志村正彦が関わる世界のすべてがつねにすでにある種の懐かしさにつつまれているかのように。いまここで、つねにすでに、懐かしい。


 番組冒頭で、1stアルバム『フジファブリック』のプロデューサー片寄明人が、志村正彦・フジファブリックについてこう語っていた。

聴いたことのない音楽だなあってのは思いましたね

ノスタルジックな感情がわーっと湧きあがってくる

十年後二十年後に聴かれても古くならないような 普遍的としか言いようがない言葉が込められていると思いますね


  ノスタルジックな感情とは、まさしく、懐かしさや郷愁を感じることである。志村正彦は、言葉と楽曲によってノスタルジックな抒情を歌いあげた。片寄の言うように、その作品は十年後二十年後でも古くはならない。実際に、この番組で取り上げられた「陽炎」「赤黄色の金木犀」はリリースからすでに20年が経っている。「茜色の夕日」はそれ以上、「若者のすべて」は17年の時間を経ている。しかし古びてはいない。そもそものはじまりから懐かしいものは決して古びることがない。おそらくそうなのだろう。懐かしいものは、逆説的ではあるが、つねに新しい。


 この番組はNHKプラスで見逃し配信しているので、全国どこでも視聴できる。期限は「12/27(金) 午後8:15 まで」である(当初は「1月3日午後8:15まで」と表示されていたので、「通常は1週間だが、その倍の期間、来年の1月3日午後8:15まで可能のようだ。この配慮はありがたい」と書いたのだが、その後変更されたのでこの文も修正した)

 来年2月でフジファブリックが活動休止になる節目だからこその企画かもしれないが、NHK甲府局での再放送、そしてNHKプラスによる全国配信は、志村正彦・フジファブリックのファンにとっては朗報である。

 しかしそれでもできることなら、新しい番組を見たかったというのが本当のところである。まだまだ、もっともっと、深く深く、志村正彦・フジファブリックを掘りさげていくことはできる。その未来の番組に期待したい。


2024年11月22日金曜日

Genesis『The Lamb Lies Down on Broadway』の半世紀

 50年前の1974年11月22日、Genesisの『The Lamb Lies Down on Broadway』というダブルアルバムがリリースされた。半世紀の時間が流れたことになる。

 日本での発売は翌年1975年2月、邦題は『幻惑のブロードウェイ』だった。すでにジェネシスのファンだった僕は甲府のレコード屋「サンリン」で購入した。それ以来、このアルバムは僕の愛聴盤となった。愛聴盤というよりも次第に絶対的な音盤、存在となっていた。

 2枚のLPレコードに全23曲が収録され、ジャケットのインナースリーブはピーター・ガブリエルが書いた物語が載っていた。ジャンルとしてはロック・オペラになるだろう。物語の主人公はニューヨークのプエルトリコ人「Raelレエル」。歌詞と物語は、おそらくピーター・ガブリエルが実際に見た夢(夢というよりほとんど悪夢なのだが)を基にして、様々な文学作品や宗教・神話のテクストを織り交ぜて書き上げられていったと推測される。「Rael」という名はもちろん「Real現実」の綴りを変えたもの。10曲目の「Carpet Crawlers」の歌詞の一節に「We've got to get in to get out 外に出るためには中に入らなくてはならない」とあるように、レエルは自らの無意識の内部に入り込み、最終的には再び、現実という外部へと出て行く。

 youtubeの「Genesis」公式サイトにこのアルバムの全曲がある。冒頭曲、「The Lamb Lies Down On Broadway (Official Audio)」を紹介したい。




 ピーター・ガブリエルは、「Rael」から「Real」への旅の物語を歌った。このアルバムを聴いた当時、その物語の意味はあまり分からなかったのだが、ピーター・ガブリエルの声、歌、囁き、叫び、歌詞や物語の断片、言葉の韻やリズムから、それこそ幻惑のようにしてこのロック・オペラを繰り返し聴いた。微かに物語の断片が浮かんできた。

 1974年の当時、ピーター・ガブリエルは、妻や家庭のこと、バンドメンバーとの軋轢などで精神的に行き詰まり、フロイトやユングなどの精神分析の本をよく読んでいたそうだ。その苦難の痕跡がこの作品に現れている。ダブルアルバムだからというわけでもないのだろうが、物語には「Rael」の兄「John」も登場し、「Rael」と「John」とは分身、二重身、ダブルの関係でもある。分身は精神分析が探求したテーマだ。


 今振り返ると、このダブルアルバムから僕は決定的な影響を受けたようだ。ロック音楽そして文学へと深く入り込んでいった。ここ数年、芥川龍之介や志賀直哉の夢をモチーフとする作品を分析する論文を書いていることも、このアルバムとの出会いが重要な契機になっているのかもしれない。


2024年11月10日日曜日

2024ハタフェスと「赤黄色の金木犀」の黒板画[志村正彦LN357]

 もう三週間前になるが、10月19日、「山梨学Ⅱ」という授業で30人の学生と一緒に富士吉田の「2024ハタオリマチフェスティバル」に行ってきた。地域活性化の先進的な試みを学ぶための現地見学と調査だ。ここ数年の間、行っている。朝9時にバスに乗って大学を出発。心配していて天気も何とかもちそうで、御坂トンネルを越すと、富士山がその美しい姿を現した。少し雲はかかっていたが、まだ雪はなかった。夏山の富士だった。10時に富士吉田市役所の駐車場に到着。バスを降りて会場に向かった。引率教師と学生たちが集団で歩く姿は、まるで小学生の遠足のように見えただろう。

 ハタフェスは富士吉田の秋祭り。二日間、本町通り沿いの各会場でハタオリの生地や製品を販売したり関連のイベントをしたりする街フェスだ。昼までは五人ずつの六つのグループに別れて見学し、インタビューなどを通して調査を行い、見学報告のSLIDEを作成するのが課題だ。午後は各自の自由見学という流れだ。僕もいくつかのスポットを廻った。ところどころで学生たちとも出逢った。


 まずはじめに、KURA HOUSEで開催の「私のハタオリマチ日記展」。イラストレーターのmameさんが描いてきたRIHO、SACHI、AOIの物語とそのイラストが展示されていた。mameさんの絵のキャラクターはとにかく愛らしいのだが、状況や背景もしっかりと描かれているので、その場の雰囲気がよく伝わる。富士吉田という街と人の物語が浮かんでくるのだ。志村正彦ゆかりの喫茶店と言われる「M2」の前で佇むイラストも飾られていた。ポスターやポストカードのプレゼントもあったのが嬉しかった。


 今年はフードコートのようなエリアが充実していた。甲府のAKITO COFFEEの店があったので、フィルターコーヒーを深煎りで注文した。出来上がりまでの時間、このエリアにいる人びとを眺めると、各々がゆっくりとこの場にいることを楽しんでいるようだ。一息つくことができた。コーヒーで身体が温まる。チョコレートのマフィンも美味しかった。

 次は小室浅間神社。ここに来るといつもポニーを見に行く。可愛い眼が和ませる。こういう場もあるのがハタフェスのよいところだ。



 この後、中村会館を目指して本町通りを上がっていく。途中で驚くことがあった。M2近くにある謎の古書店「不二御堂」が何とオープンしているではないか!ここは何度も通ったことがあるが、いつも閉まっていた。初めて入り、高速に眼を動かして、書籍を物色。僕の趣味に合う本が多い。懐かしい本もたくさんあった。「現代詩手帳」のバックナンバーに掘り出し物があったので購入した。

  中村会館のエリアには黒板当番さんのコーナーがある。毎年ここに寄るのを楽しみにしている。志村正彦の黒板画をプリントした小さな絵が並んだパネルが立っていた。何度見てもあきることがない。


 

 さらに、富士山駅まで歩いていく。ゆるやかだが上り坂なのでけっこうしんどい。目指すは、駅ビル『ヤマナシハタオリトラベル』にある、志村正彦・フジファブリック「赤黄色の金木犀」をテーマとした黒板画だ。

 今年はいつもと違い、エレベーター近くの目立つ場所に飾られていた。
 絵の全体が赤黄色の色合いに溶け込んでいる。金木犀が香ってくるようだ。チョークの綺麗な点描で志村正彦の表情が繊細に描かれている。黒板当番さんがたくさん描かれてきた志村画のなかで、この絵がもっとも好きになった。




 見学から一週ほど後に、授業で六つのグループによる「ハタフェス見学報告」SLIDEの発表会を行った。全グループをまとめると120枚のSLIDEが出来上がった。いろいろな観点からハタフェスの魅力を語り、地域活性化のためのアイディアを考えた。課題や改善点も探った。

 あるグループが「YOUは何しにハタフェスへ」と題して、海外から来た人へのインタビューをまとめた。このユニークなテーマが大好評だった。フランス人夫婦(40代)、台湾人カップル(30代)、ドイツ人女性(30代)、オーストラリア人女性(40代)、マレーシア人男性(20代)と、国際色がほんとうに豊かだ。
 ハタフェスについては、「民泊のところに置いてあったチラシで知った」「泊まってるホテルから教えてもらった」「富士山や新倉山浅間公園を見に来たら、たまたまやっていた」という回答。みんな、雰囲気が素晴らしいと答えてくれたそうだ。

 これから、富士吉田の「ハタオリマチフェスティバル」が世界に知られるようになるのかもしれない。この街にはそのようなパワーがある。

2024年10月17日木曜日

「赤黄色の金木犀」と「金麦〈帰り道の金木犀〉」[志村正彦LN356]

 僕の住む甲府では、毎年、九月の下旬には金木犀が香り出すのだが、今年はまったくその兆しもなかった。金木犀は気温があるところまで下がってくと、花が開花し、香り始める。今年はあまりにも猛暑が続いた。その影響で全国各地で金木犀の季節が遅れているようだ。

 もしかすると今年はもう香らないなのかもしれない。そんな心配をしていたところ、一昨日から、家の周りからあの特別な香りが微かに漂い始めた。例年より二十日以上遅いことになる。暑い季節と寒い季節の二つが巡っているような季節感が定着しだした。秋は束の間に過ぎ去っていく。


 毎年、金木犀が香り始めると、志村正彦・フジファブリックの『赤黄色の金木犀』の音源をあらためて聴くことにしている。大学の日本語表現の授業では、短い時間を使って曲の歌詞を分析して、日本語の詩的表現の特徴を伝えることがある。一昨日、この授業があった。このタイミングしかないと思って『赤黄色の金木犀』を取り上げた。学生に音源を聴かせた後で、特に〈赤黄色の金木犀の香りがして たまらなくなって/何故か無駄に胸が 騒いでしまう帰り道〉の箇所について次のようなことを語った。


  • 香りというものは我々の記憶の深いところに作用する。意識にも上らない何かの出来事と金木犀の香りが結びつき、無意識の底に張り付いているのかもしれない。
  • 〈何故か〉〈無駄に〉〈胸が〉〈騒いでしまう〉。一つひとつの言葉は分かりやすいものであっても、この配列による表現はなかなか解読しがたい。言葉の連鎖のあり方が単純な了解を阻んでいる。〈胸が〉〈騒いでしまう〉想いの内実は明かされることなく、言葉の間に隠されているが、〈何故か〉〈無駄に〉という修飾語が痛切に響く。
  • 歌詞の全体に三拍の言葉によるビート感があり、〈強・弱・弱〉の反復がリズムの区切りとなっている。特に〈何故か無駄に胸が騒いでしまう帰り道〉の〈なぜか・むだに・むねが・さわい・で・しまう・かえり・みち〉というフレーズは、三拍の頭の〈な・む・む・さ・し・か・み〉の強い響きが、何かに急き立てられるような感覚を打ち出す。


 この九月サントリーが発売した発泡酒「金麦〈帰り道の金木犀〉」が、志村ファンの間で話題になった。そのWEBには〈アロマホップを使用し、上面発酵酵母を用いて醸造することで、甘く爽やかな香りを実現しました〉とある。〈帰り道の金木犀〉という命名は、〈帰り道〉〈金木犀〉という語を各々使うことはあるかもしれないが、〈帰り道〉〈の〉〈金木犀〉という言葉の連鎖になると、おそらく、「赤黄色の金木犀」の歌詞から着想を得たものだと思われる。あるいはむしろ、この歌に対するオマージュのような気もする。9月のアルコール飲料売上ランキングの1位はこの〈帰り道の金木犀〉だったという記事を読んだ。商品名のセンスが良いことも売れている要因だろう。



 販売開始後まもなくスーパーで買ってきたのだが、僕は酒がまったく飲めない。缶を眺めるだけの日々が続いたが、昨夜、甘い香りがする酒を飲む夢を見た。これまで酒を飲む夢を見たことは一度もない。間違いなく、金木犀の香りがしたことにも触発されて、僕の無意識が〈帰り道の金木犀〉を飲みたいという欲望を成就させたかったのだろう。


 今夜、10月17日のNHK「クラシックTV」という音楽番組を見た。テーマは「音楽会議ふたたび! エモいって何?」。〈最近よく耳にする「エモい」ってどういう意味?に音楽から迫る「音楽会議シリーズ」第2弾!エモい感情を生み出す音楽とは?おすすめの「エモ曲」と共にひも解きます〉という趣旨だった。

 この番組で〈世の中には「これはエモい!」と感じるエモ曲があります〉というナレーションとともに、フジファブリック「若者のすべて」のMV映像が一瞬だけ流れた。志村の声も聞こえてきた。「エモ曲」の代表曲としての扱いだが、時間が短すぎて「エモい」感じに浸れなかった。他にいくつもの曲が紹介されていたが、音楽はそもそもエモいものである。


〈エモい〉の辞書的な意味は〈感情が揺さぶられて何とも言い表せない気持ちになること〉だと説明されていた。このような意味合いであれば、志村正彦のかなりの、というよりもほとんどすべての曲は、エモいと言える。「若者のすべて」は、当然、エモい。しかし、エモい感情や感覚が最もあふれている曲は、「赤黄色の金木犀」ではないだろうか。

 この曲は聴き手の感情を揺さぶる。イントロとアウトロの志村によるアルペジオのギター音が流れ、歌詞の言葉は繊細に情緒深くつながる。曲が金木犀の香りを想起させる。音と言葉、様々な要素が複雑に共鳴して、感情を揺さぶり続け、何とも言えない気持ちにさせる。まさしく、〈何故か無駄に胸が/騒いでしまう帰り道〉にいるようなエモい想いに聴き手は包まれる。


  金木犀が香りはじめた。「赤黄色の金木犀」に耳を澄ました。「金麦〈帰り道の金木犀〉」の缶を眺めていた。甘く香る酒の夢を見た。何故か、無駄に、僕の無意識が騒いでしまった。


2024年9月29日日曜日

『若者のすべて』カバー、suis from ヨルシカ/大島美幸・こがけん/ガチャピン。[志村正彦LN355]

 2024年の夏は、suis from ヨルシカによる『若者のすべて』カバーが、映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』の主題歌として話題を集めたが、大島美幸・こがけん、ガチャピンによる素晴らしいカバーが続いた。今日はこの三つのカバーについて触れたい。


 まず、suisのコメントから始めたい。suisは、10代後半の頃、あるアーティストの「若者のすべて」弾き語りカバーをライブ配信で聴いて、すごくいい曲だと衝撃を受けたそうだ。『suis from ヨルシカ 特集|フジファブリックの名曲「若者のすべて」カバーで描く“未知への希望”』という記事で、当時の想いについてこう述べている。

歌詞やメロディ、志村さんの歌声に“青春の延長”みたいなニュアンスを感じたんです。その頃の私は青春時代を過ごしていたんですけど、「これはいつか過ぎ去るものなんだ」と思っていて。「若者のすべて」には、過ぎ去ってしまった青春を未来から見ている感覚があったんだと思います。

 この歌を〈過ぎ去ってしまった青春を未来から見ている感覚〉として受けとめたというのが興味深い。志村正彦のかなりの作品には、未来から現在そして過去へと遡っていく視線があるからだ。時間への独特な眼差しが彼の歌に深みと広がりを与えている。

 suisが歌う『若者のすべて』には Music Videoがある。映像は、映画「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」ではなく、新たに制作された。監督は映画と同じ三木孝浩。二人の女の子は、映画で早坂秋人(永瀬廉)の妹夏海を演じていた月島琉衣と豊嶋花。キャスティングのつながりがあるので、あたかも早坂夏海の世代の物語のように見えてくる。

 suis from ヨルシカ 「若者のすべて」 Music Vide【2024/06/28】



 以前、「若者のすべて」の「僕ら」について次のように書いたことがある。

 「僕ら」とは誰なのか。
 『若者のすべて』の物語の鍵となる問いだ。「最後の花火」系列では、「会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ」と「まいったな まいったな 話すことに迷うな」という二つの対比的なモチーフが要となっている。「まぶた」を閉じた「僕」は「まぶた」の裏の幻の相手に対し「会ったら言えるかな」と、「まぶた」を開けた「僕」はその眼差しの向こうの現実の相手に対し「話すことに迷うな」と、心の中で語り出す。
 「僕ら」という一人称代名詞複数形によって指示されるのは、歌の主体「僕」と、「僕」の眼差しの対象である相手との二人であろう。「僕」の強い欲望の対象となっている相手であるから、恋愛の対象とみるのも自然だ。「僕」にとってその相手は、恋愛の関係である、あった、あるだろう、あるいはありたい、という枠組みで括られると読むのが普通なのだろう。しかし、恋愛の物語としての『若者のすべて』というのは動かしがたい解釈なのだろうか。
 「恋愛」という関係性は、その本質からして閉じられていくものだが、「僕らは変わるかな」という問い、「同じ空を見上げているよ」という眼差しからは、閉じられていくというよりも、開かれているような、そして、おだやかに変化しつつある関係性のようなものが伝わってくる。微妙ではあるが、その実質には「友愛」のような関係性も入り込んでいるように、私には感じられる。
 この場合の「友愛」とは、「愛」と呼ばれる関係からエロス的なものを排除したものであり、友人、仲間、同じ世代や同じ志を抱く共同体にゆるやかに広がっていく。そのような関係に基づく「僕ら」は、『若者のすべて』が収録されている『TEENAGER』のコンセプトにもつながるような気がする。十代の若者たち、今その世代に属する者も、かってその世代に属していた者も、これからその世代に属することになる者にとっても、「僕らは変わるかな」という問いはリアルなものであり続けるだろう。


 三木孝浩監督による「若者のすべて」Music Videoの「僕ら」は、月島琉衣と豊嶋花が演じる二人の女の子である。

 冒頭、花火のシーン。豊嶋花「ね」、月島琉衣「うん」、豊嶋花「来年もまた花火を一緒に見れるかな」。月島琉衣は返事をしないで少しだけ微笑む。豊嶋花は不安そうな表情。映像の最後では季節が冬へと変わり、二人はひとりひとりで別の場所にいる。この二人に何があったのかは、見る者の想像に委ねられているが、「僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ」というフレーズに収斂していくことは間違いないだろう。


若者のすべて/フジファブリック/Miyuki Oshima/ Kogaken【2024/07/26】

  


 大島美幸[森三中]とこがけん(古賀憲太郎)のデュエットによる『若者のすべて』。このカバーの「僕ら」は、この歌を愛する同志、芸人仲間のことになるだろう。二人の生まれは1980年と1979年。志村正彦と同年、同世代である。同世代の「僕ら」が同じ空を見上げているかのように、美しいハーモニーで歌っている。


【最後の花火に今年もなったな】フジファブリック - 若者のすべてをガチャピンが歌ってみた。 Fujifabric - Wakamono No Subete 【2024/09/01】



 あのガチャピンが『若者のすべて』を歌う。これには驚いたが、聴いた後でその質の高さにさらに驚いた。東京お台場のフジテレビ本社などを背景に、ビルの屋上で佇みながら一人で孤独に歌う姿。夕方から夜にかけてのウォーターフロントの灯りがとても美しい。

街灯の明かりがまた 一つ点いて 帰りを急ぐよ
途切れた夢の続きをとり戻したくなって

 ガチャピンの〈途切れた夢の続き〉は何だろうか。そんなことを想う。ここからそう遠くはない場所で、フジファブリック20周年記念「THE BEST MOMENT」ライブが開かれたことも想い出す。いろいろな想いが浮かんでくる歌であり、映像である。


  志村正彦・フジファブリック 『若者のすべて』のカバーのすべては、すぐにはたどりきれないほどの数となっきたが、そのひとつひとつのすべてが愛おしい。夏の終わりの季節のこの歌は、つねにすでに懐かしくなる。


2024年9月22日日曜日

歌を創り歌う者、歌を歌い継ぐ者。[志村正彦LN354]

 映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』について断続的に四回書いてきたが、五回目の今回で完結させたい。(後半の重要な台詞についての引用があることをお断りしたい)


 映画の題名どおり、春菜と秋人は各々の余命を生き、各々が旅立っていく。しかし、二人の死があからさまに描かれることはない。むしろ、その死のあとに遺されたものに焦点があてられる。

 明菜が亡くなると、スケッチブックが遺される。そのなかの言葉が春菜の声で語られる。

(春菜)秋人君へ ここが 今の私にとっての天国です 秋人君は つらいばかりだった この場所を あたたかで まぶしい場所に変えてくれたんだ ここで 私はたぶん 一生分 笑えました ここで 一生分の涙を流しました 早く死にたいと思ってた私が 一日でも長く生きたいと思えるようになりました  秋人君のおかげで 本当に幸せだったよ だから秋人君も 私の分まで長生きして ーもっともっと幸せになってー もっともっと すてきな絵を描いてね 

  《回想シーン》(秋人)それ 何描いているの?(春菜)内緒

(春菜)そしていつか 空の向こうで おじいちゃんになった秋人君と再会できる日を 楽しみにしています そのときは 君のこと “親友”って呼んでもいいよね

最後に 数えきれない お花のお返しに 私も お花を贈るね

 春菜のスケッチブックには三本のガーベラが描かれていた。

 この後、秋人は懸命に絵を描き、出術を受けて、美大に合格し、家族と旅行に出かけ、綾香を良き友にして、余命を生き続けようとする。


 数年後、綾香は社会人となる。再入院した秋人の見舞いに行く途中で花屋に寄ると、あるSNSのサイトを見つける。秋人が春菜にあげたガーベラの画像があった。

 病院の屋上で秋人は、〈人生最後の絵〉いや〈春菜にもらった第二の人生最初の絵〉を描いている。秋人の腫瘍は転移し、死が迫っていた。綾香はガーベラの画像のあるSNSのことを秋人に教える。そこには限定公開のエリアがあった。秋人はパスワードを探しあてる。そこには、

  余命半年と宣告された私が、余命一年の彼と出会った話

という題名のもとに、一連の記述が続いていた。春菜の視点からのもう一つの物語が展開していく。この映画では、秋人による〈余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話〉と春菜による〈余命半年と宣告された私が、余命一年の彼と出会った話〉の二つの物語が重層的に織り込まれる。

 春菜の言葉のなかで大切なところを引用する。

(春菜)秋に生まれた君へ 

秋人君がくれたガーベラの写真と 私の思いをつづっておくことにしました

この記述から、春菜は秋人の余命のこともすべて知っていたことが、秋人に伝わる。そして、大切なことが記されていた。

そして私が先に死んで 空の上から君を見守るから

花火の夜 言えなかったことは 伝えないままでいくね

《8月20日花火の夜、回想シーン》

(春菜)あのね 私ね (花火の音)本当のこと言うと 秋人君のことが…

 ここでも、春菜の〈本当のこと〉は言葉として書かれることはなかった。 

(春菜)だけどもし 巡り巡って 君がこれに気づいてくれたら 信じたい それが ずっと意地悪だった神様が 最後に私にくれた贈り物なんだって ねえ 君はきっと 6本のガーベラの意味を知って届けてくれていたんだよね 長い間 病院暮らししてるとね 見舞い花の花言葉は ひととおり 覚えちゃうもんなんだ 秋人君も知ってると信じて 私は 3本のガーベラの花言葉を 君に贈ります

 春菜のスケッチブックに描かれた三本のガーベラの絵の画像がスマホの画面に映し出される。三本のガーベラの花言葉〈あなたを愛しています〉という意味だ。春菜から秋人へ、花の絵が、花の言葉が贈られる。

 秋人は余命宣告から3年半後に亡くなった。綾香が三本のガーベラの花束を二つ抱えて墓参りに行くシーンで映画は終わる。秋人と春菜だけでなく、綾香の物語もあることを忘れてはならない。この映画では、秋人、春菜、綾香の三人の物語が語られる。


 物語の終了後、エンドロールに、suis(ヨルシカ)が歌う『若者のすべて』が聞こえてくる。やがて、展覧会場のある絵がクローズアップされてくる。その絵のキャプションにはこうある。

  二科展入選作
  早坂秋人・桜井春奈共作
  ふたりの空 (油彩/キャンパス)

 この絵はもともと、春奈が自分のスケッチブックに描いていたものだ。その絵を秋人が油絵として完成させた。だから、二人の共作であり、題名も「ふたりの空」となったのだろう。

  エンドロールには次の表示があった。

  劇中使用曲
  「若者のすべて」フジファブリック 作詞・作曲 志村正彦

  主題歌
  「若者のすべて」suis from ヨルシカ 作詞・作曲 志村正彦 編曲 亀田誠治

 原曲とカバー曲は、劇中使用曲と主題歌として位置づけられている。そして、『若者のすべて』の作詞・作曲者が志村正彦であることを明確に記している。このようなクレジット表記にも、監督をはじめとする制作者側の志村正彦・フジファブリックへのリスペクトが感じられた。

 今回は、〈映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』予告編 - Netflix〉を添付する。suis(ヨルシカ)が『若者のすべて』を歌うヴァージョンの予告編だ。
 同じ映像を背景にしても、志村の声と歌い方、suisの声と歌い方とではずいぶん印象が異なる。それでも、映画本編には劇中使用曲として志村正彦の歌を使い、終了後の主題歌としてsuisの歌を使ったのは、“残す者、残される者”、“歌を創り歌う者、歌を歌い継ぐ者”というモチーフを徹底させたからだろう。



 
 あらためて、映画を見て、この二つの歌を聞き比べた。

 劇中の志村の歌は、あたかも志村が空の彼方から春菜と秋人を見守るかのように聞こえてくる。終了後のsuisの歌は、あたかも映画の鑑賞者の私たちの視点から、春菜と秋人の二人、そして志村正彦のいる空を見上げているかのように聞こえてくる。


 志村正彦は『若者のすべて』で、〈僕らは変わるかな 同じ空を見上げている〉と歌った。この歌詞の意味を受けとめると、三木孝浩監督映画『余命一年の僕が、余命半年の君に出会った話。』は、制作者が意図したように、死ではなく生を描こうとした作品であることが伝わってくる。