YouTubeを見ていると、二人の女性がPeter Gabriel(ピーター・ガブリエル)の「Solsbury Hill(ソルスベリー・ヒル)」を歌う映像に出逢った。MonaLisa Twins(モナリザ・ツインズ)というユニットだった。モナ・ワグナーとリサ・ワグナーの一卵性双生児がロックの名曲をカバーした動画をYouTubeで発表してきたが、その最新の一曲だった。僕の検索履歴からYouTubeが表示したのだろう。
今回の「Songs to Remember[S/R]」も前回に引き続きPeter Gabrielの作品を取りあげたい。オリジナル映像とライブ映像、MonaLisa Twinsのカバー映像の三つを紹介したい。その前に歌詞を引用する。
Peter Gabriel Solsbury Hill
songwriting:Peter Gabriel
Climbing up on Solsbury Hill
I could see the city light
Wind was blowing, time stood still
Eagle flew out of the night
He was something to observe
Came in close, I heard a voice
Standing, stretching every nerve
I had to listen, had no choice
I did not believe the information
Just had to trust imagination
My heart going "Boom-boom-boom"
"Son", he said
"Grab your things, I've come to take you home"
To keep in silence I resigned
My friends would think I was a nut
Turning water into wine
Open doors would soon be shut
So I went from day to day
Though my life was in a rut
'Til I thought of what I'd say
Which connection I should cut
I was feeling part of the scenery
I walked right out of the machinery
My heart going "Boom-boom-boom"
"Hey", he said
"Grab your things, I've come to take you home"
Hey, back home
When illusion spin her net
I'm never where I wanna be
And liberty, she pirouette
When I think that I am free
Watched by empty silhouettes
Who close their eyes but still can see
No one taught them etiquette
I will show another me
Today I don't need a replacement
I'll tell them what the smile on my face meant
My heart going "Boom-boom-boom"
"Hey", I said
"You can keep my things, they've come to take me home"
まずはじめに、MonaLisa Twinsの「Solsbury Hill」を紹介したい。
二人の声の響きが美しい。特に、二つのフレーズの末尾ごとに次のように韻を踏んでいるところが絶妙だ。
- 1番:「Hill」「still」、「light」「night」、「observe」「nerve」、「voice」「choice」、「information」「imagination」
- 2番:「resigned」「wine」、「nut」「shut」、「day」「rut」、「say」「cut」、「scenery」「machinery」
- 3番:「net」「pirouette」、「be」「free」、「silhouettes」「etiquette」、「see」「me」、「replacement」「meant」
双子だからこそ音韻が一つに溶け合っている。ロックの歌でこれほど美しい韻の響きを聴いたことはない。
次はPeter GabrielのオリジナルMV。
Peter らしい不可思議なMVだ。終わり近くになった野菜が出てくる場面までは歌詞との対応をたどることもできるが、野菜のベルトコンベヤーと野菜のドレスを着た女性の登場からは奇妙奇天烈すぎるが、ラストの男女の結婚姿は新しい門出の祝福ではあろう。
最後はソロアルバム第一作の40周年記念のライブ映像。
彼の長いキャリアの中から、Rockpalast (1978), Live in Athens (1987), Secret World Live (1993), Growing Up Live (2003), New Blood Live (2011) ,Back To Front (2013)の映像を繋ぎ合わせたものである。年齢と共に変化する彼の姿が興味深い。
筆者は1994年3月、「Secret World Live」ツアーの日本武道館でのライブを見ているので、この時の彼の姿が強く印象に残っている。
この歌詞の日本語訳を試みてみた。生成AIも利用したが、重要な箇所で解釈が根本的に異なるところがあった。これについては当然だが、自分の解釈を貫いた。あくまでも私訳の試訳として提示したい。
ソールズベリーの丘を登っていく
街の灯りが見えた
風が吹いていた 時は止まっていた
鷲が夜空から飛び立った
彼を注意深く見なければならない
近づいてくるとある声を聞いた
立ち尽くし全身の神経を研ぎ澄ませて
耳を傾けた 他の選択肢はなかった
その情報を信じなかった
想像力を信じるしかなかった
心臓が「ドキドキドキ」と鳴る
「息子よ」彼は言った
「君の持ち物を取ってきなさい 私が君を家へ連れて帰る」
沈黙を守ることに決めた
友人たちは「頭がおかしい人」と思うだろう
水をワインに変える
開かれた扉はすぐに閉ざされる
一日一日をただやり過ごした
惰性で生きているようなものだが
考え続けていた 何を言うべきか
どのつながりを断つべきか
風景の一部のように感じていた
機械の中から歩き出した
心臓が「ドキドキドキ」と鳴る
「おい」彼は言った
「君の持ち物を取ってきなさい 私が君を家へ連れて帰る」
そう、家へ帰るんだ
幻影が網を広げていくとき
自分が居たい場所には決して居られない
自由がくるりと回って踊るのは
自分が自由だと思ったときだ
虚ろな影絵に見られている
目を閉じていても見ている
誰も礼儀を教えていなかった
僕はもう一人の自分を見せる
今日は僕の代役は要らない
僕の笑顔の意味を教えてやる
心臓が「ドキドキドキ」と鳴る
「そうだ」僕は言った
「あなたは僕の持ち物を取っておいていいよ それでも僕の持ち物は僕を家へ連れて帰る」
この曲はPeter GabrielがGenesis(ジェネシス)を脱退した直後の心境と新しい自分の音楽へと歩み始める決意を歌ったものだとされている。歌詞はメタファーが多く、先ほど触れたように韻を踏むことによる語彙の選択もあり、難しい部分が多い。当時のPeter Gabrielの状況が歌詞の背景にあるという仮定によってこの歌詞を考えてみたい。彼はこの曲について、「今持っているものを失う覚悟をして、これから得られるかもしれないものを手に入れることについてです…手放すことについてです」と語っている。 このような背景があるとすると、前回の「Here Comes the Flood(「ヒア・カムズ・ザ・フラッド」)」の「It'll be those who gave their island to survive(それは生きのこるために島のように孤立した自己を放下した者たちだろう)」というフレーズとも関連があるだろう。
Peter の言う〈今持っているものを失う〉と〈これから得られるかもしれないものを手に入れる〉との対比、これまでのものを手放すこととこれから新たなものを獲得することの関係を念頭に置きたい。彼の歌詞には難解なメタファーがあるが、意味的論理的な関係は比較的明確である。対比的な構造が取られていることが多い。
この歌詞で注目されるのは、1・2番と3番の最後の部分の対比である。
1・2番
"Hey", he said
"Grab your things, I've come to take you home"
3番
"Hey", I said
"You can keep my things, they've come to take me home"
1・2番の「彼(he)」は謎の人物である。「I(僕)」は彼を警戒し、彼の言葉を信用しないで沈黙を守っていた。僕は彼に「何を言うべきか」、「どのつながりを断つべきか」を考え続ける。彼はおそらく過去から現在へとやってきた人物である。Peterが在籍していたGenesisというバンドやそのメンバーや関係者、Genesisという遺産の擬人化されものかもしれない。だから抽象的に三人称代名詞「he」として表現された。
その方向で歌詞の意味を捉えると、「my things(僕の持ち物)」はPeterが作詞作曲したGenesis時代の作品になるだろう。そのような関係を設定すると、彼は僕にその作品を持って「home(家)」つまりかつてのGenesisの活動に戻ってくるように促しているという意味が浮かび上がってくる。
これに対して、3番の最後では「I(僕)」は「彼(he)」に対して「You(あなた)」を直接呼びかける。「You can keep my things」は、あなたは僕が創造したGenesis時代の作品を持っていてよい。あなたがその権利を所持していてよい、僕はそれらを手放してもよい、という含意がある。続く「they've come to take me home」の「they」が何を指すのかが難しい。実は、この「they」の指示対象、このフレーズ全体の意味に関することが、生成AIと対立した点である。生成AIが提示した解釈についてはここでは言及しないが、筆者は「they」がその直前の「my things」を指示していると率直に受けとめた。この場合、あなたが保管してよい「my things」がなぜ僕を家に連れ戻していくのかという論理的な矛盾が起きるかもしれないが、これに対しては次のように考えたい。
「You can keep my things」というフレーズの中の「my things」はPeterが創り出した「物」としての作品、アルバムなどの具体的な制作物を示すが、「they've come to take me home」の「they=my things」は「物」見える物ではなく、音楽作品を創造する力を象徴するもの、見えないもの不可視の存在を指し示すのではないだろうか。そう考えると、音楽を創造する力という不可視の存在が僕を「家(home)」という音楽を創造する根源的な場所へと連れ戻してくれる、という意味が成立するだろう。
ここのは、自分がかつて生み出したものを手放したとしても、それは将来必ず自分を本来の自分に導くものになるというという反転の構造があるPeter Gabriel自身がPeter Gabrielを音楽の根源的な場、音楽の故郷へと帰還させる。これが歌詞にある「自由」であり、「僕の笑顔の意味」である。僕は「もう一人の自分」「僕の代役」ではなく、本来の自分自身に戻っていく。過去から現在そして未来へと自己を再生していく物語も読み取れる。
このような本質的な意味の他に、この歌詞には、当時、Peterが妻や子供と過ごす時間を大切にしたという気持ちが強かったことも投影されているだろう。現実としては「home」には文字通りの家、家族という意味も含まれていると考えてよい。詩的表現には具体的なものから抽象的なものまで多様な層の意味が複合されている。
Peter Gabriel の「Solsbury Hill」は明るい曲調を持っているので人気も高い。自己の故郷へと帰り、自己を再生する物語であることも共感を呼んでいる。カバーされることも多い。MonaLisa Twinsのヴァージョンはその最も新しく素晴らしい成果だろう。
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