Vo&G/志村 正彦
B/加藤 雄一
G/萩原 彰人
Key/田所 幸子
Dr/渡辺 隆之
Wikipediaの「フジファブリック 略歴」の記述は次の通りである。
2001年
8月 - 一時解散。
9月 - 志村と渡辺に萩原彰人、加藤雄一、田所幸子を加えて再結成。デモテープ「茜色の夕日/線香花火」を録音する[18]。
2002年
8月 - 萩原、加藤が脱退。ムジカラグー結成。
10月21日 - インディーズ1stアルバム『アラカルト』発表。
12月 - 田所が脱退。知人の紹介で金澤ダイスケ、加藤慎一がサポートとして参加する。
脚注が示されているがたどることのできないものもある。この略歴については、書物や雑誌、ネットの記事などの「出典」が不明確であるのが残念である。(結成期からインディーズ時代までの初期フジファブリックの歴史について公に記録されることがあればありがたいのだが)
このWikipediaの記述を根拠にすれば、『茜色の夕日・線香花火』カセットテープの演奏者から成るバンドは、2001年8月から9月までのおよそ一年間活動したことになる。
ベースの加藤雄一、ギターの萩原彰人が結成したムジカラグーの音楽はどのようなものだったのか。アルバムを入手し、ネットの記事やyoutubeの映像を探してみた。
ムジカラグーは2002年に次のメンバーがそろい結成されたようである。
Vo&Key/松田 恵子
B/加藤 雄一
G/萩原 彰人
Perc/田中 由美
Dr/仲間 洋
結成の経緯と音楽性についてはロフトプロジェクトの記事が参考になる。
2001年、加藤(B)と萩原(G)が出会い、数々のボーカルセッションの中、松田(Vo・Key)が加入。その後、仲間(Dr)、田中(Prc)が加入し、現編成となる。当初は60、70年代のソウル、ファンクなどの要素を取り入れた曲を中心に活動していたが、レゲエとソウルの融合的な楽曲の完成とともにワールドミュージック方面にも幅を広げ、バンド名も、ムジカ(音楽)ラグー(煮込み)とし、暑苦しくないレゲエ、踊れるラテン、景色の見える音楽、浮遊感、を合い言葉に活動中。
今回、ミニアルバム『デイドリーム』 (2005/11/9)、アルバム『popsica』(2006/7/5)を入手して聴いてみたが、確かに「ワールドミュージック」的なテイストにもとづいた、ときにメロウでときにビート感のあるサウンドが印象的だ。ボーカルの松田恵子の声はのびやかで量感もある。加藤(B)、萩原(G)、仲間(Dr)、田中(Prc)の演奏も巧みで安定している。二枚のCDをリリース後、2007年1月に活動休止に入った。(その後一時的に演奏を再開したこともあったようだが、結局、活動を停止したようである)当時のインディーズ界ではそれなりに評価されていて、休止を惜しむ声が少なくなかったようである。
この二作では『デイドリーム』 が好みだ。題名の通り、白昼夢を想起させる楽曲、まどろみのある声と音の感触がここちよい。ほとんどの作品を加藤雄一が作詞作曲しているので、彼がこのバンドの中心人物であろう。ネットで彼の記事を検索してみると次の発言が見つかった。(景色の見える音楽 Selector's Playlist selected by 加藤雄一 )
今の僕が室内音楽に求めているのは踊ることや共感する事以上に、景色が見える事が重要なんです。心理的思いのこもった音楽も素晴らしいとは思いますが、あまりに言葉が重いと疲れます。それよりも楽器の音や声や録音音質や旋律に身をまかせると何かどこかに連れてってくれる音楽が聴いていたいなと思います。その音楽をかけると部屋の風景まで変わるような音楽を聴いていたいです。
なるほど、と思わせる発言だ。「何かどこかに連れてってくれる音楽」「部屋の風景まで変わるような音楽」とは、ムジカラグーが追い求めた音楽でもある。「あまりに言葉が重いと疲れます」というのは正直な実感だろう。ムジカラグーの歌詞は細やかに情感のある風景を描写するのではなく、枠組や背景としての風景を提示している。あくまでも楽曲を中心に景色を描こうとしている。
彼らの映像がyoutubeに一つあった。『popsica』収録の『さんふらわぁ』(作詞作曲:加藤雄一)のMVだ。歌詞も引用しよう。
愉快な曲調、軽快なグルーブにのせて、色彩感のある風景がひろがっていく。
雲の切れ間に 少しのぞいた
君は青空 曇りのち晴れ
空はほら 黄金色
飛行機雲 消える前に
太陽は行方知らずでも 花は咲いてるよ
それなら僕らの 心を照らして
アルバム『Daydream』のジャケット以外で、バンドが写真撮影をしたことはありますか?ないね。
返信削除〈アルバム『Daydream』のジャケット以外でバンドが写真撮影をしたこと〉があるかないかについては、残念ながら僕には分かりません。
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