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志村正彦ライナーノーツ/芥川龍之介の偶景/ここはどこ?-物語を読む/〈甲府 文と芸の会〉……
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2025年12月31日水曜日
2025年
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大晦日の今日、2025年を振り返りたい。 志村正彦・フジファブリックについてまず述べたい。 2月にフジファブリックが活動を休止した。「フジファブリック LIVE at NHKホール」という休止前最後のライブがあったが、2010年以降の楽曲だけが演奏された。山内総一郎・金澤...
2025年12月30日火曜日
すべてが揺れていく-『陽炎』草稿4[志村正彦LN377]
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『陽炎』の草稿と完成版を比較すると、〈残像〉部分と〈出来事〉部分との関係性が異なることに気づく。この二つの部分を完成版の歌詞で引用する。 〈残像〉部分 あの街並 思い出したときに何故だか浮かんだ 英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ また そうこうしているうち次から次...
2025年12月29日月曜日
『陽炎』の四つのブロック-『陽炎』草稿3[志村正彦LN376]
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『陽炎』の草稿によって、この歌をどう捉え直したらよいのか。今回はその点について考察したい。 以前も紹介したが、志村正彦は『FAB BOOK』(角川マガジンズ 2010/06)で、『陽炎』の物語の枠組やモチーフについて貴重な発言をしている。再度この発言を取り上げたい。 僕の中で...
2025年12月28日日曜日
草稿と完成版の差異-『陽炎』草稿2[志村正彦LN375]
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今回は、片寄明人氏のXの画像に掲載された『陽炎』草稿と『陽炎』完成版の差異について詳細に検討してみたい。 まず、この草稿では歌詞のブロックごとにAからHまでの記号が振られていることが目につく。歌詞とメロディのブロック単位の区切りを示すのだろう。 歌詞については表記レベルの違...
2025年12月27日土曜日
〈出来事が 僕をしめつける〉-『陽炎』草稿1 [志村正彦LN374]
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志村正彦の命日12月24日の夜、 片寄明人氏がX(@akitokatayose) でこう呟いていた。 メリークリスマス🎄 ハンバーガーを食べて、コーラを飲みながら、君のことを思い出す。21年前、一緒にレコーディングした時の紙を見つけたよ。 僕はいま連日のリハーサルのため、ホテ...
2025年12月25日木曜日
「茜色の夕日」のチャイム、NHK甲府のニュース[志村正彦LN373]
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昨日12月24日は志村正彦の命日だった。〈フジファブリック志村正彦さんの命日「茜色の夕日」のチャイム〉というNHK甲府のニュース映像が、NHK ONEにアップされた。 https://news.web.nhk/newsweb/na/nb-1040028670 この映像は、...
2025年12月21日日曜日
見えない銀河を渡ることにしよう[ここはどこ?-物語を読む 12]
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平野や西側が海という場所に住んでいる人には意外だろうが、山梨では真っ赤な夕陽は沈まない。 太陽は赤くなる前に西の山に沈んで、それから山の端からせり上がるように夕焼けが広がる。だいぶ昔のことだが、関東平野にある県に住むことになって、初めて丸くて赤い太陽が地平線に沈むのを見たと...
2025年11月30日日曜日
10月の甲府Be館 『六つの顔』『入国審査』
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10月は、芥川龍之介の小説についての論文を書いたり、〈甲府文と芸の会〉の公演の準備をしたりと忙しい日々を送っていて、甲府シアターセントラルBe館には二度しか行けなかった。 『六つの顔』 人間国宝の狂言師野村万作を撮ったドキュメンタリー作品。息子の野村萬斎、孫の野村裕基も出演して...
2025年11月19日水曜日
有馬銅鑼魔
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有馬眞胤さんとの出会いを振り返りたい。二年前、2023年の6月、山梨市日下部公民館で彼の独り芝居を初めて見た。当時の館長内藤理さんがいろいろな素晴らしい企画の公演を打っていたが、そのうちの一つだった。太宰の「走れメロス」が演目だったので、私がその前座として「太宰治と山梨」につい...
2025年11月5日水曜日
11月3日の公演 〈本物に出会った〉という言葉
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一昨日、11月3日、こうふ亀屋座で〈甲府 文と芸の会〉の第1回公演〈太宰治「新樹の言葉」と「走れメロス」 講座・朗読・芝居の会〉が予定通り開催された。 昼になると青空が広がり、日差しも暖かくなってきた。すがすがしい、おだやかな気分で公演を迎えることができた。三連休の最後、文化...
2025年11月1日土曜日
昭和20年7月の別れ-太宰治と甲府 6
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昭和14(1939)年9月、太宰治は甲府から東京の三鷹へ転居したが、その後も何度も甲府を訪れている。妻美智子の実家、湯村温泉の旅館明治、甲府中心街の東洋館などに滞在して小説を執筆した。昭和20(1945)年4月、東京の空襲に遭い、甲府に疎開してきた。 甲府の詩人一瀬稔は「太宰...
2025年10月30日木曜日
甲府への疎開と空襲―太宰治と甲府5
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太宰治の一家は、昭和20(1945)年4月、東京から甲府に疎開してきた。その後、7月に甲府で空襲に遭う。この疎開と空襲という体験は「薄明」に綴られている。空襲の後、太宰一家は津軽に疎開した。この作品は津軽で9月頃に執筆され、昭和21年12月新紀元社から刊行された。体験に基づく小...
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