2026年4月30日木曜日

李相日監督『スクラップ・ヘブン』とフジファブリック『蜃気楼』[志村正彦LN380]

 前回は芥川龍之介の小説『蜃気楼』と富山湾の蜃気楼を取りあげたが、今回は志村正彦・フジファブリックの作品『蜃気楼』とこの曲をエンディングテーマにした李相日(リ サンイル)監督の映画『スクラップ・ヘブン』について書いてみたい。蜃気楼の連鎖のようなものである。以前に10回ほど連載した記事と重複するが、その論考の中心となるところをあらためてまとめてみたい。

 李相日監督の映画『国宝』の興行収入が邦画実写映画の歴代最高となり、歴史的な大ヒット作となった。そのこともあってだろう、李相日督督の2005年の映画『スクラップ・ヘブン』が21年ぶりにテアトル新宿などでリバイバル上映されている。


 YouTubeに「【予告編】『スクラップ・ヘブン』4.24(金)リバイバル上映!」があるので、まずこの映像を紹介したい。



 この映像の35秒あたりから、『蜃気楼』の音源が流れる。〈この素晴らしき世界に僕は踊らされている/消えてくものも 生まれてくるものもみな踊ってる/おぼろげに見える彼方まで/鮮やかな花〉と歌う志村正彦の声が聞こえてくる。〈エンディング・テーマ:フジファブリック「蜃気楼」〉というテロップも表示される。この曲は本編終了後に流れるのだが、この予告編では本編の背景として使われている。

 映画のエンディング使用音源(以下「映画版」と記す)はCDの『蜃気楼』オリジナル音源(以下「CD版」と記す)の一部を切り取ったものである。CD版にはあるが映画版にはない部分を赤字で示す。


   三叉路でウララ 右往左往
   果てなく続く摩天楼

   喉はカラカラ ほんとは
   月を眺めていると

   この素晴らしき世界に降り注ぐ雨が止み
   新たな息吹上げるものたちが顔を出している

   おぼろげに見える彼方まで
   鮮やかな花を咲かせよう

   蜃気楼… 蜃気楼…

   この素晴らしき世界に僕は踊らされている
   消えてくものも 生まれてくるものもみな踊ってる

   おぼろげに見える彼方まで
   鮮やかな花を咲かせよう

   蜃気楼… 蜃気楼…


 CD版と映画版の差異は、第2連から5連までの赤字の部分の有無である。映画版にはない部分は〈この素晴らしき世界〉に降り注ぐ〈雨〉が止むという情景である。雨が降りやむと新しい風景が現れる。ここでは〈新たな息吹上げるものたち〉が顔を出す。この新たな命あるものは〈鮮やかな花〉であろう。〈おぼろげに見える彼方〉には、この楽曲のイメージの核となる〈蜃気楼〉の現象が投影されている。その彼方に登場する〈鮮やかな花〉は、色彩感のあまりない蜃気楼の中でひときわ鮮やかに輝く。志村正彦は、花の鮮やかな彩りが蜃気楼の世界に新たな命を吹き込むかのように歌っている。


 映画『スクラップ・ヘブン』には《世界の消滅》への想像力というテーマがある。登場人物の三人、偶然出会った清掃員のテツ、警察官のシンゴ、薬剤師のサキはおのおの〈世界を一瞬で消す〉欲望のために想像力を使って行動する。しかし、世界の消滅への欲望は反転すると、自己自身に回帰してくる。

 映画のラストシーン。シンゴは意を決したかのように、サキが製造した〈世界を一瞬で消す〉小瓶を空に放り投げる。その小瓶はたまたま通った廃品回収のトラックに落下し、ゴミがクッションになって破裂しなかった。〈世界の消滅〉とその欲望はそのようにして、呆気なく、まるで憑き物が落ちたかのように終わってしまう。このラストシーンをどう解釈するか。そのことがこの映画の観客に問われている。


 志村正彦は『スクラップ・ヘブン』パンフレット(オフィス・シロウズ、2005/10/8)掲載の「DIALOGUE  李相日×志村正彦(フジファブリック)」という対談で、〈読後感っていうんですか、そういう「映画を見終わった感」が出せればいいなと思って、同時に曲単体でもいいものを作りたかった。結果的にはその両方ができてよかったなと〉と述べている。確かに、『蜃気楼』はエンディング曲と単体曲という二つの目的が高い次元で達成されている。

  また、志村はこの対談で〈絶望だけで終わりたくない、かといって希望が満ちあふれた感じでもないなと思って〉、その〈揺れている感じ〉を〈蜃気楼〉というモチーフに象徴させたと語っている。蜃気楼の実像と虚像が交錯するような現象に、絶望と希望とが分離したり結合したりしする流れを見いだした。これが志村の想像力だった。その絶望と希望の流れを楽曲と言葉に変換して『蜃気楼』という作品を創り出していった。このような過程をたどることができるだろう。


 映画『スクラップ・ヘブン』の《世界の消滅》への欲望はまさしく蜃気楼のように現れようとしたが呆気なく儚く消失してしまったが、志村正彦はエンディング曲の『蜃気楼』で〈おぼろげに見える彼方まで/鮮やかな花を咲かせよう〉と歌った。

 この〈素晴らしき世界〉では 〈消えてくもの〉も〈生まれてくるもの〉も皆踊っている。私たちも皆この世界で踊らされているのだが、志村は自らの想像力によって、この世界に現れる〈蜃気楼〉の彼方に〈花〉を出現させようとした。《世界の消滅》への欲望を反転させて、《世界の再生》への欲望を表現したのではないだろうか。


2026年4月27日月曜日

芥川龍之介の『蜃気楼』・富山湾の蜃気楼

 芥川龍之介の1927(昭和2)年の短編小説『蜃気楼』。芥川の分身である話者兼人物の〈僕〉は、ある秋の昼頃、大学生の〈K君〉と親友の画家小穴隆一をモデルとする〈O君〉と三人で蜃気楼を見るために鵠沼の海岸に出かける。

 作中で蜃気楼について言及している場面を引用する。


 蜃気楼の見える場所は彼等から一町ほど隔っていた。僕等はいずれも腹這いになり、陽炎の立った砂浜を川越しに透かして眺めたりした。砂浜の上には青いものが一すじ、リボンほどの幅にゆらめいていた。それはどうしても海の色が陽炎に映っているらしかった。が、その外には砂浜にある船の影も何も見えなかった。
「あれを蜃気楼と云うんですかね?」
 K君は顋を砂だらけにしたなり、失望したようにこう言っていた。そこへどこからか鴉が一羽、二三町隔った砂浜の上を、藍色にゆらめいたものの上をかすめ、更に又向うへ舞い下った。と同時に鴉の影はその陽炎の帯の上へちらりと逆まに映って行った。


 〈僕等〉が〈陽炎〉の立つ〈砂浜〉を眺めると〈砂浜〉の上に〈青いもの〉が一すじリボンほどの幅でゆらめいている。それは〈海〉の色が〈陽炎〉に映っている光景らしい。これは「下位蜃気楼(inferior mirage)」と呼ばれる現象、陽炎など地表の熱い空気で光が屈折することによって空や海の景色が地面近くに映り込む現象のようである。K君が失望した瞬間、話者の〈僕〉は〈鴉〉と〈陽炎〉を重ね合わせて描写する。

 〈鴉〉が一羽〈砂浜〉の〈藍色にゆらめいたもの〉の上をかすめ向こう側へ舞い下りる動きと同時に〈鴉〉の〈影〉が〈陽炎〉の帯の上へ逆さまに映る光景である。この下位蜃気楼に対して、実際の風景の上側に伸びたり反転したりした虚像が見える現象が「上位蜃気楼(superior Mirage)」と呼ばれるものである。上位と修飾される方が本物の蜃気楼である。

 芥川、K君、O君が見たのは下位蜃気楼であったが、そのことはこの作品の本質ではない。下位であっても上位であっても、どちらであっても、彼らが見たかったのは一種の幻としての蜃気楼である。特に芥川の分身〈僕〉の場合、不安な心象のゆえにあえて幻視したいものがあった。不安なものの象徴としての蜃気楼である。


 この上位蜃気楼が昨日4月26日富山県魚津市で観測された。Yahoo!ニュースに転載されたチューリップテレビ(富山県)の記事「富山湾の神秘…8年ぶり最高評価“Aランク”の蜃気楼を観測  対岸の新湊大橋が反転!肉眼で2時間以上確認、神秘の現象 富山」によると、昼過ぎに風景が非常に明瞭な伸びや反転が確認できるようになり、その見え方が5段階評価の最高のAランクであると8年ぶりに判定された。富山湾の海面上に冷たい空気が層をつくり、その上の暖かい空気とのあいだで急に密度が変わるときに出現するそうである。

 魚津市の富山湾から対岸の射水市の新湊大橋をとらえた画像をこのニューズ記事から引用させていただく。


チューリップテレビの画像


 人々が湾の堤防に集まり対岸の方を眺めている。視線の彼方に浮かぶのが蜃気楼である。画像の中央より少し右側の細長い塔のようなものが実物より縦に高く引き伸ばされ、対岸の建物と海面の間に空の色が入り込み、建物が空中へ浮き上がっているように見える。これらが上位蜃気楼の典型的な特徴のようだが、筆者はこのような特徴を明確に示す蜃気楼の画像を初めて見ることができた。

 さらに、FNNプライムオンラインの記事「8年ぶり“最高評価”の蜃気楼が富山湾に出現 橋の上に「大きなひし形」 海面の空気が幻想的な春の風物詩を生み出す」では、ある橋の普段の景色と今回の蜃気楼が対比された画像があったので引用させていただく。


FNNプライムオンラインの画像


 こちらの画像では、実象の橋と虚像の橋とがある点で接合されている。逆立した虚像の橋が上空にそびえたっている。蜃気楼の特性を見事に捕らえた貴重な画像である。


 やはり、上位蜃気楼の画像は陽炎のような物の像の揺れではなく、実像の風景と虚像の風景という二つの映像そのものが相対峙して揺らめいている。実像と虚像が分離したり逆さになったりして互いに互いを照らし合わせているように見える。さらに時間の推移と共に多様に変化していく。


 実際の現地で蜃気楼を実景として見なければ、その本当の姿は分からないであろうが、このニュース映像によってその姿をある程度まで想像することはできた。いつか実景として見てみたいが、それは偶然の出来事、偶景としてしか遭遇できないのだろう。


2026年4月23日木曜日

Peter Gabriel「Here Comes the Flood」[S/R 011]

 YouTubeを見ているとときどき思いがけない映像に出くわすことがある。過去の検索履歴から選択されるのであろうが、昨夜、Peter Gabriel(ピーター・ガブリエル)の 「Here Comes the Flood(「ヒア・カムズ・ザ・フラッド」)」が映し出された。迂闊なことに未見だったのでとても魅了された。「1979 Kate Bush Christmas special」という番組のスタジオライブらしい。1979年の収録となると、1950年生まれのピーターがまだ29歳の時である。

 今回は2年ぶりになるが、「Songs to Remember[S/R]」のシリーズの一曲としてこの作品を取りあげてみたい。この曲が収録された1stアルバム『Peter Gabriel』(通称Car)のリリースは1977年2月である。Genesis脱退後の初めてのソロアルバムである。

 個人的な思い出を語りたい。この年の4月、僕は大学に入り、東京で一人暮らしを始めた。大学生になって初めて買ったLPレコードがこの『Peter Gabriel』だった。毎日このアルバムを聴いていた。ジャケットも部屋に立てかけておいて時々見つめた。このアルバムの最後の曲が「Here Comes the Flood」。Peter Gabrielの声の響きを繰り返し耳で追っていた。


 この1979年の映像は、1977年のリリースからまだ2年ほどしか経ってないので、音源制作時に近い頃の歌の雰囲気が伝わってくる。

 電子ピアノによる弾き語りが静謐で美しい。29歳のピーターは目の周りに少し暗がりがあってやや疲れた表情だが、歌うことに集中している。深い眼差しが見るものに向かってくる。歌い終わった後は解放感があるのだろう。はにかんだ笑顔で挨拶している姿はなごやかだ。29歳という年齢について考えているうちに志村正彦のことが心に浮かんできた。志村は29歳でその短い生涯を閉じたが、彼の人生の最後の頃の表情がこのピーター・ガブリエルを想起させたのだ。

 29歳というのは、若さという時、若者の時間が最も高度に凝縮されてある完成に達する年齢ではないだろうか。若さの時熟。この年を過ぎると人は若さという時間、若者という時代からから離れてゆく。

 映像の冒頭でKate Bush (ケイト・ブッシュ)たちがコーラスで「Peter "The Angel" Gabriel」と紹介している。「ガブリエル」は旧約聖書『ダニエル書』に現れる天使である。キリスト教ではミカエル、ラファエルと共に三大天使の一人。「神のことばを伝える天使」とされている。そういう名を持つ Peter Gabrielがまさしく「神のことばを伝える」ようにして創った歌がこの作品である。Genesis在籍時から聖書の言葉を引用してきたが、この歌にも「ノアの方舟」の物語や黙示録的なヴィジョンがあふれている。


 Peter Gabriel   Here Comes The Flood



 歌詞を引用したい。


When the night shows
The signals grow on radios
All the strange things
They come and go, as early warnings
Stranded starfish have no place to hide
Still waiting for the swollen Easter tide
There's no point in direction
We cannot even choose a side.

I took the old track
The hollow shoulder, across the waters
On the tall cliffs
They were getting older, sons and daughters
The jaded underworld was riding high
Waves of steel hurled metal at the sky
And as the nail sunk in the cloud
The rain was warm and soaked the crowd.

Lord, here comes the flood
We'll say goodbye to flesh and blood
If again the seas are silent
In any still alive
It'll be those who gave their island to survive
Drink up, dreamers, you're running dry.

When the flood calls
You have no home, you have no walls
In the thunder crash
You're a thousand minds, within a flash
Don't be afraid to cry at what you see
The actors gone, there's only you and me
And if we break before the dawn
They'll use up what we used to be.

Lord, here comes the flood
We'll say goodbye to flesh and blood
If again the seas are silent
In any still alive
It'll be those who gave their island to survive
Drink up, dreamers, you're running dry.


 非常に難解な歌詞であり、解釈しきれないところも少なくないのだが、重要な作品であるので試みに私の拙訳を記しておきたい。


夜が更けると
信号がラジオから広がっていく
すべての奇妙な出来事が
予兆のように現れてはすぐ消える
打ち上げられたヒトデには隠れる場所がない
復活祭の満潮を待ち続けている
方向を示すものはなく
私たちはどちら側を選ぶかさえ決められない

私は古い道をたどった
落ち込んだ路肩 水辺を渡ってゆく
高い崖の上で
息子や娘たちが老いていった 
無情な地下世界が隆盛を極めていた
鋼鉄の波が金属を空に投げつけた
釘が雲に沈むように
雨はあたたかく群衆を濡らした

主よ 洪水がやってくる
私たちは肉と血に別れを告げるだろう
もしも再び海が静まり
誰かが生きのびるとしたら
それは生きのこるために島のように孤立した自己を放下した者たちだろう
飲みほせ 夢見る人たちよ 君たちの心は乾ききっている

洪水が襲いかかるとき
君には家も壁もない
雷鳴が轟く間に
君は一瞬で千の心になる
恐れてはならない 目にしたものに泣くことを
役者は去った ここにいるのは君と僕だけだ
夜明け前に私たちが壊れてしまったら
彼らはかつての私たちを消尽してしまうだろう

主よ 洪水がやってくる
私たちは肉と血に別れを告げるだろう
もしも再び海が静まり
誰かが生きのびるとしたら
それは生きのこるために島のように孤立した自己を放下した者たちだろう
飲みほせ 夢見る人たちよ 君たちの心は乾ききっている


 主への呼びかけの箇所の「It'll be those who gave their island to survive」の「island」は何を指しているのだろうか。この言葉が難しい。インターネット上の資料を参照すると、17世紀のイギリスの詩人John Donne(ジョン・ダン)の詩の一節に「No man is an island(何人も一艘の島ではない)」という表現がある。人間は島、孤島、孤立した島、つまり自分一人で完結している存在ではないという意味であり、今でも英語圏を中心に広く引用されているそうだ。

 Peter Gabrielもこの文脈で使ったことが一つの可能性として想定される。 この場合、「island 島」は「閉ざされた自分自身」のメタファーとして捉えられるだろう。洪水の後で生き残る人々は、「島」という「閉ざされた自分自身」を「give 与える・捧げる・差し出す」ことができた者たち、自分自身を手放すことによって自分を解放できた者たちと解釈してみた。

 「自己放下」という概念がある。自我、エゴを投げ捨ててその執着から離れることによって、ありのままの自分を認め、何事にもとらわれずに素直に生きる。自己を他者へ世界へと開いていく。「放下」は仏教や禅の教えであるが、ハイデッガーなどの西洋哲学でも使われることがある。当時のピーター・ガブリエルが哲学や精神分析の書物をたくだん読んでいたようだから、あえてこの抽象的な概念によって「who gave their island to survive」を「生きのこるために島のように孤立した自己を放下した者たち」と訳してみた。あくまでも筆者の見解である。 


 この作品のオリジナル音源も紹介したい。プロデューサーのボブ・エズリンの影響か、後半ではストリングスを入れた壮大なアレンジとなっている。



 

60歳頃の映像もあった。年齢を重ねたが、彼の声は相変わらず繊細でみずみずしい。

 Peter Gabriel "Here Comes the Flood" on Guitar Center Sessions




  "Here Comes the Flood" を聴いているうちに、心が静まりかえってくる。

 この歌が誕生してからすでに半世紀近くの時が経つ。

 その五十年ほどの間ずっと、Peter Gabrielは、「If again the seas are silent/In any still alive/It'll be those who gave their island to survive(もしも再び海が静まり/誰かが生きのびるとしたら/それは生きのこるために島のように孤立した自己を放下した者たちだろう)」と、世界の現実に対して呼びかけている。


2026年4月19日日曜日

芥川龍之介『父』

 芥川龍之介の『父』は、「新思潮」(大正5年5月)に発表された。芥川が24歳の時の作品である。話者の「私」は芥川自身の分身だと思われる。


 「私」が中学4年生の秋、日光から足尾にかけての三日間の修学旅行があった。その出発の朝、上野停車場の待合室で、同級生の「能勢五十雄」(のせ いそお)らと共に列車を待っていた。能勢は器用で芸達者だった。詩吟、薩摩琵琶、落語、講談、声色、手品、何でもできた。通りすがりの人々を辛辣で諧謔に富む言葉で揶揄して仲間を笑わせていた。

 そのうち仲間の一人が時代遅れの奇妙な格好をした老人を見つける。仲間たちは能勢に「おい、あいつはどうだい。」と呼びかける。「私」はその老人が能勢の父親であることに気づくが、他の仲間たちはそのことを知らない。能勢は自分の父を「あいつはロンドン乞食さ」と言い放つと、仲間たちはを笑い出す。「私」は思わず下を向く。その時の能勢の顔を見るだけの勇気が欠けていたからである。

 その後の場面について小説の本文を引用したい。

 曇天の停車場は、日の暮のようにうす暗い。自分は、そのうす暗い中で、そっとそのロンドン乞食の方をすかして見た。
 すると、いつの間にか、うす日がさし始めたと見えて、幅の狭い光の帯が高い天井の明り取りから、茫と斜めにさしている。能勢の父親は、丁度その光の帯の中にいた。――周囲では、すべての物が動いている。眼のとどく所でも、とどかない所でも動いている。そうしてまたその運動が、声とも音ともつかないものになって、この大きな建物の中を霧のように蔽っている。しかし能勢の父親だけは動かない。この現代と縁のない洋服を着た、この現代と縁のない老人は、めまぐるしく動く人間の洪水の中に、これもやはり現代を超越した、黒の中折をあみだにかぶって、紫の打紐のついた懐中時計を右の掌の上にのせながら、依然としてポンプの如く時間表の前に佇立しているのである……


 薄暗い上野停車場の待合室。「私」の眼差しは外から来る日差しの動きを追う。

 能勢の父は光の帯の中にいて動かない。その周りではすべての物が動き、光や声や音が混じり合って停車場の中を蔽っている。光の帯の中で動かない父とその周囲で動くあらゆるものたちの対比的な光景を「私」の眼差しは捉えている。

 芥川龍之介はそのような偶景に触発されて、この出来事を描こうとしたのであろう。

 後日「私」は、能勢の父親が息子の出発を一目見ようと内緒で停車場へ立ち寄っていたことを知る。能瀬は中学を卒業するとまもなく肺結核で亡くなった。追悼式で「私」は「君、父母に孝に、」という句を悼辞の中に入れた。


 父と息子との関係は複雑である。息子は父に対する愛情を自然に持っているが(持っているからこそと言うべきか)、その情を素直に表すことができなくて、時に疎ましく思い、時に遠ざけてしまう。能勢の場合、芸達者な道化者であるがゆえにその特質が強く現れたが、父に対する情愛は当然あっただろう。そのような心性が「父」には的確に描かれている。そして、その心性は芥川のものでもある。おそらく、ほとんどの息子に共通する心性ではないだろうか。


 また、時代背景についても考えたい。作者の芥川が中学4年生だったのは明治41(1908)年。明治の後期には日本の経済が飛躍的に発展した。その一方で社会には様々な歪みも出てきた。時代の潮流に適合できる人もあれば時代から取り残される人もいた。能瀬の父はおそらく後者だったのだろう。

  話者「私」は能瀬の父、「現代と縁のない老人」のかぶる黒の中折れ帽について「現代を超越した」とも形容している。現代と縁のないことは現代を超越していることでもある。そのように「私」は考えたはずである。そして能瀬の父のような人間は少なくなかった。

 待合室の時間表の前に佇立する能瀬の父に対する「私」の眼差しには、時代に取り残されたものに対する深い想いがある。そしてこの偶景にはどこか懐かしさがある。取り残されるようにして過ぎ去っていったものに対する愛惜の情が浮かび上がってくる。


2026年4月5日日曜日

「粉雪」「中央線」「若者のすべて」(NHK甲府「金曜やまなし~響け!山梨へのエール~」)

 今年の甲府の桜の開花と満開はとても早かった。

 3月24日、甲府地方気象台は甲府のソメイヨシノが全国トップで満開になったと発表した。3月に入り気温が高く、4月上旬から中旬並みの暖かさが続いた。ここ数年、季節の推移が一月ほど早くなった気がする。そして、桜の季節はすぐに過ぎ去ってしまう。


 桜の季節は新年度を迎え、旅立ちのエール、旅立ちソングが歌われる時期でもある。そういう時でもあるせいか、一昨日4月3日(金)、NHK甲府放送局が山梨県内で放送した「金曜やまなし」というローカル番組のテーマは「響け!山梨へのエール~」だった。NHK甲府のサイトの説明を引用したい。

 この春、新たな挑戦をするあなたへ。山梨で生まれ歌い継がれてきた名曲を県内出身の若手アーティストたちがカバーし、エールソングとしてお届けします!レミオロメンの「粉雪」を去年デビューを果たした高校生のガトが。THE BOOMの「中央線」は県内で精力的に活動する見代遥叶が。フジファブリックの「若者のすべて」を新星6ピースバンド、JIJIMがそれぞれの解釈で熱唱!



 「粉雪」の作詞・作曲は藤巻亮太、「中央線」の作詞・作曲は宮沢和史、「若者のすべて」の作詞・作曲は志村正彦。山梨が生んだ三人の「ロックの詩人」の名曲だ。「中央線」は三十年前、「粉雪」「若者のすべて」は二十年ほどの前の曲だが、現在でも歌い継がれている。ガト、見代遥叶、JIJIMという山梨出身の歌手やバンドがこの三曲をカバーするという企画はNHK甲府ならではの試みだ。山梨の若者たちが宮沢和史・藤巻亮太・志村正彦の作品を歌うのは喜ばしいことであり、番組タイトル通り、〈山梨へのエール〉であり〈山梨からのエール〉であると言える。特に、ガトと見代遥叶はその声の響きに魅力があり、歌い方にも工夫があった。
 なお、NHK ONEで4月10日(金) 午後7:57 まで配信されている。


 藤巻亮太と宮沢和史のインタビュー映像もあった。

 藤巻は、〈みんなに知ってもらうような曲を作らなければいけない〉〈周りが空気として求めている〉〈みんな祈るような思いで「合宿に行ってくれ」みたい〉な感じで作品作りに苦しんでいたときに、山梨の山中湖に行って生まれたのが「粉雪」だと語っていた。

 宮沢は〈山梨の出身者はたぶん中央線沿線に最初東京へ出た時に住む人が多いと思う〉〈怖くなったりつらくなったりしたら「あずさ」や「かいじ」に乗れば一本で帰れる〉、僕も最初は中央線沿線に住んでいて〈いつでも帰れる安心感〉があり、そう思うだけで頑張れると述べていた。この感覚はよく分かる。上京後、僕は西武新宿線の上石神井に住んでいたが、中央線の吉祥寺に出ることもできた。吉祥寺駅から中央線に乗って甲府に帰省していた。

 志村正彦については、「若者のすべて」のチャイムとそれを聴きに集ったファンの声が紹介されていた。


 この機会にこの三つの作品の歌詞をリリース順に引用して、その視点の特徴を分析したい。


「中央線」 作詞・作曲:宮沢和史 1990年9月21日リリース

君の家のほうに 流れ星が落ちた
僕はハミガキやめて 電車に飛び乗る
今頃君は 流れ星くだいて
湯舟に浮かべて 僕を待ってる

走りだせ 中央線
夜を越え 僕を乗せて

逃げ出した猫を 探しに出たまま
もう二度と君は 帰ってこなかった
今頃君は どこか居心地のいい
町を見つけて 猫と暮らしてるんだね

走り出せ 中央線
夜を越え 僕を乗せて


「粉雪」 作詞・作曲:藤巻亮太 2005年11月16日リリース

粉雪舞う季節はいつもすれ違い
人混みに紛れても同じ空見てるのに
風に吹かれて似たように凍えるのに

僕は君の全てなど知ってはいないだろう
それでも一億人から君を見つけたよ
根拠はないけど本気で思ってるんだ

些細な言い合いもなくて
同じ時間を生きてなどいけない
素直になれないなら
喜びも悲しみも虚しいだけ

粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら
二人の孤独を分け合う事が出来たのかい

僕は君の心に耳を押し当てて
その声のする方へすっと深くまで
下りてゆきたいそこでもう一度会おう

分かり合いたいなんて
上辺を撫でていたのは僕の方
君のかじかんだ手も
握りしめることだけで繋がってたのに

粉雪 ねえ 永遠を前にあまりに脆く
ざらつくアスファルトの上シミになってゆくよ

粉雪 ねえ 時に頼りなく心は揺れる
それでも僕は君のこと守り続けたい

粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら
二人の孤独を包んで空にかえすから


「若者のすべて」 作詞・作曲:志村正彦 2007年11月7日リリース

真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた
それでもいまだに街は 落ち着かないような 気がしている

夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて
「運命」なんて便利なものでぼんやりさせて

最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな

ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ

世界の約束を知って それなりになって また戻って

街灯の明かりがまた 一つ点いて 帰りを急ぐよ
途切れた夢の続きをとり戻したくなって

最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな

ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ

すりむいたまま 僕はそっと歩き出して

最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな

ないかな ないよな なんてね 思ってた
まいったな まいったな 話すことに迷うな

最後の最後の花火が終わったら
僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ


 「粉雪」「中央線」「若者のすべて」の歌詞の特徴を考えてみたい。

 「中央線」は〈僕〉と〈君〉の出会いと別れが短い物語で簡潔に歌われている。〈君の家のほうに 流れ星が落ちた〉とあるので、おそらく〈僕〉は流れ星が消えるまでに願い事を唱えたのだろう。〈僕〉は〈中央線〉に飛び乗り、〈君〉に会いに行く。〈君〉は〈僕〉を待っている。願い事はかなったようだが時が流れると、〈君〉は〈猫〉を探しに行って帰ってこない。〈君〉はどこか別の町で〈猫〉と暮らしている。〈中央線〉が〈僕〉と〈君〉を結んだのだが、こうなると〈中央線〉は二人の間の距離を象徴している。

 「粉雪」は〈粉雪〉が舞う季節の〈僕〉と〈君〉の物語。〈僕〉の〈君〉に対する聴覚や視覚のあり方が独特だ。〈人混みに紛れても同じ空見てるのに〉では〈僕〉は〈空〉を見つめ、〈僕は君の心に耳を押し当てて/その声のする方へすっと深くまで/下りてゆきたい〉では〈僕〉の聴覚は〈君〉の〈声〉の方へ深くまで下りてゆき、〈粉雪 ねえ 永遠を前にあまりに脆く/ざらつくアスファルトの上シミになってゆくよ〉では〈君〉の視線はアスファルトの上に落ちてシミになる〈粉雪〉に注がれる。最後の〈粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら/二人の孤独を包んで空にかえすから〉になると〈僕〉は〈二人の孤独〉を包んで上空の〈空〉に返そうとする。〈僕〉の〈君〉に対する視覚や聴覚は繊細に揺れて、〈僕〉の〈君〉への想いが深まっていく。

 「若者のすべて」には〈僕〉と〈僕ら〉が登場する。二人称の存在が潜在するのだが〈君〉とは呼ばれていない。〈まぶた閉じて浮かべている〉とあるように、〈僕〉の夢想の物語と考えられる。〈最後の花火に今年もなったな/何年経っても思い出してしまうな〉の〈花火〉に関わる回想と〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉という二人称の存在との再会に対する期待や不安を、〈な〉や〈ない〉音の反復によって歌い上げている。


 さらに、この三つの作品の共通項を探りたい。

 「中央線」は東京と山梨を結ぶ路線がモチーフとなり、「粉雪」は山中湖のスタジオで作られ、「若者のすべて」の「最後の花火」は河口湖が舞台だとも言われている。三つの作品は山梨という場やその記憶に関わっている。 

 三つの作品共に〈僕〉と〈君〉あるいはそれに相当する存在との関係を巡る物語だが、その関係を見つめる視点に類似性がある。

  「中央線」では〈走り出せ 中央線/夜を越え 僕を乗せて〉とあるように、〈僕〉は〈僕〉と〈君〉の架け橋としてあたかも上空から〈中央線〉を見下ろしているかのようだ。「粉雪」では〈僕〉と〈君〉は〈同じ空〉を眺め、二人の〈孤独〉を〈空〉に返していく眼差しがある。その眼差しが反転して〈僕〉と〈君〉との関係を見つめている。「若者のすべて」になると〈最後の最後の花火が終わったら/僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ〉というように、〈僕〉から〈僕ら〉へと視座が転換して〈同じ空〉を見上げている。

 もともと、この三者には独特な空間や風景の把握とそれに起因するモチーフがある。山梨という場の空間と風景がその根底にあるだろう。

 甲府盆地で生まれた宮沢和史には盆地の内側と外側という視点がある。陸の島としての甲府と海の島としての沖縄というモチーフはこの延長線上にある。御坂山系のなだらかな傾斜地で育った藤巻亮太には高台から大空や宇宙を眺めることに親しんでいた。彼の歌にはそのようなモチーフがあふれている。志村正彦が生まれ育った富士北麓地域は北側の御坂山系と南側の富士山に挟まれているが、富士山の周囲に空間が広がる地形である。そのようなパースペクティブが彼の歌に空や月、夕陽や雲を見つめるモチーフを与えている。


 「粉雪」「中央線」「若者のすべて」の三曲共に〈僕〉と〈君〉との恋愛をモチーフとする叙情歌であるが、〈僕〉の眼差しのあり方に独自性がある。叙情が〈僕〉の内部にとどまるのではなく、〈空〉のような外部へと広がっていく。広がりと共に奥行きや深さをもたらしている。山梨の風土も影響しているのだろう。三人の感受性のあり方が日本語ロックの世界に新しい叙情を創り出している。