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2020年2月2日日曜日

映画『イエスタデイ(Yesterday)』

 甲府の映画館シアターセントラルBe館にときどき出かける。街中での映画とランチがこのところの唯一の愉しみである。少し前に、映画『イエスタデイ(Yesterday)』[2019年、監督ダニー・ボイル・脚本リチャード・カーティス]を見てきた。予告編で知って上映を待っていた作品だ。

 youtubeにある予告編を見てみよう。




 公式サイトではこう紹介されている。

舞台はイギリスの小さな海辺の町サフォーク。シンガーソングライターのジャック(ヒメーシュ・パテル)は、幼なじみで親友のエリー(リリー・ジェームズ)の献身的なサポートも虚しくまったく売れず、音楽で有名になりたいという夢は萎んでいた。そんな時、世界規模で原因不明の大停電が起こり、彼は交通事故に遭う。昏睡状態から目を覚ますと、史上最も有名なバンド、ビートルズが存在していないことに気づく─。

自分がコレクションしていたはずのビートルズのレコードも消え去っている摩訶不思議な状況の中、唯一、彼らの楽曲を知っているジャックは記憶を頼りに楽曲を披露するようになる。物語はジャックの驚きや興奮、戸惑いや葛藤、そして喜びがビートルズの珠玉の名曲とともに語られていく。何気なく友人たちの前で歌った“イエスタデイ”がジャックの人生や世界までも大きく変えていくが、夢、信念、友情、愛情…ビートルズの楽曲が人生のすべてのシーンを豊かに彩る。

 この紹介通り、ビートルズをモチーフにした音楽映画である。いわゆる「売れない音楽家」のサクセスストーリーでもあり、素晴らしいラブストーリーでもある。wikipediaでは「ファンタジー・コメディ映画」とされていたが、そんなジャンルがあることを始めて知ったが、確かに「ファンタジー」であり「コメディ」でもある。とても質の高いエンターテイメント映画であり、ビートルズ・ファン、ロック音楽ファンにとっては必見の作品である。

 シアターセントラルBe館では2月6日まで上映。全国ではすでに公開が終わっている段階だが、まだ上映中か上映予定の映画館もいくつかあるので、近くで見ることができる方にはお勧めしたい。(これから書くことは「ネタバレ」となっていることをお断りします)

 終わり近くに全く想像していなかったシーンがあった。

  ジャックがある海辺の家をたずねると、「ジョン・レノン」が現れたのだ。

 風貌はそっくりだが、それなりに高齢になったジョンを見た瞬間、涙があふれてきた。とどめることができなかった。
 要するに、ビートルズが存在しなかったパラレルワールドで、「ビートルズのジョン・レノン」ではない「ジョン・レノン」が存在しているのだ。その「ジョン・レノン」は40歳で亡くなることなく、現在まで生き続けている。老いてきたが元気に暮らしているのだ。

 このシーンのためにこの映画は制作されたのではないかというのが僕の直観だった。「ジョン・レノン」が現在まで生き続けているというのは「夢」にすぎないのだろうが、この映画『イエスタデイ』は映画という「夢の中の夢」として、きわめて美しく、そしてある種の必然性を備えて描いている。

 出逢いの後のジャックとジョンの会話が素晴らしい。リアリティがある。ジョンは船乗りとなり世界をまわり、今は78歳。そしてジョンは、エリーとの関係に悩むジャックに対して、エリーへの「愛」を伝えることを説く。このシーンが転換点となって、映画はクライマックスとハッピーエンドにたどりつく。

 ネットで調べると、ダニー・ボイル監督がジョン・レノン登場シーンについて語ったインタビュー記事が見つかった(取材・文:編集部・市川遥)。取材者が配給会社に問い合わせたところ、「フィルムメーカーとジョン・レノンを演じた俳優は、ジョン・レノンの人生と思い出に敬意を表すため誰が演じているかを公表しないという契約をしています。彼らの希望を尊重し俳優の名前は公表致しません」という回答があったそうだ。パラレルワールドのジョン・レノンは、「名前」の公表されないない「俳優」によって演じられた。パラレルワールドのジョン・レノンという夢への尊厳が貫かれている。

 ボイル監督はこのシーンについて「あえて、ヒメーシュと彼を会わせなかったんだ。撮影でドアが開く、あの瞬間までね。だからヒメーシュにとって、あの一瞬はものすごい瞬間だったわけだよ(笑)」と語っている。このような演出の配慮によって、あの場面は役者にとっても、そして観客にとっても「ものすごい瞬間」となったわけである。
 一歩間違えば荒唐無稽な夢物語に陥った場面が、自然に受け入れられる展開になったのは、制作者のきめ細かい心配りがあったからだろう。
 さらに監督はこう述べている。


映画が変わるシーンでもある。ジャックが突然、本当にたくさんのことに気付くわけだから。映画の魔法だよ。恐怖や暴力は、絶対的な美しさと驚異の瞬間によって克服できる。僕たちは、ちょっとの間、そんな勝利は可能だって信じることができるんだ。暴力は勝たない。美しさと真実、イマジネーションが勝つんだ。とても特別で、とても誇りに思っているシーンだよ


 「美しさと真実、イマジネーションが勝つんだ」という監督の発言は、この映画の究極のテーマである。まさしく「Imagine」である。
 そして、「船乗りのジョン・レノン」が存在し続ける世界を「Imagine」すること。同時に、「ビートルズを創ったジョン・レノン」が存在した世界を「Imagine」すること。この二つのパラレルワールドは、互いに互いを「Imagine」する世界なのかもしれない。その世界では「ジョン・レノン」が存在してる。

 最後に思い出語りをしたい。ロック音楽を聴き始めた70年代前半、僕はジョン・レノンにのめり込んでいった(僕だけでなくあの頃は誰もがそうだったが)。当時すでに、ジョン・レノンはライブ活動からは遠ざかっていた。日本でジョンのライブを見ることは不可能だった。しかし、オノ・ヨーコの方は実験的な音楽をライブでも試みていた。

 1974年8月、僕は新宿厚生年金会館でオノ・ヨーコ&プラスティック・オノ・スーパー・バンドのライブを見た。オノ・ヨーコの声とパフォーマンスに圧倒された。スティーヴ・ガッド、ランディー・ブレッカー、マイケル・ブレッカーという豪華なメンバーもいた。終了後、オノヨーコが投げキッスをして車に乗り込んで去って行くのをたまたま目撃した。当時は何もかもが鮮烈だったが、さすがに四十数年が経つと、靄がかかった断片しか思い出せないが。

 かなり後になってから知ったことだが、この頃はジョンとヨーコは別居状態で、ジョンにとって「失われた週末」の時代だったそうだが、この映画の「船乗りのジョン・レノン」もまた妻との間にそのような日々があったことをうかがわせる話をしていた。パラレルワールドのそれぞれで二人のジョンは、愛とそこから得た真実において同等の経験をしているようだ。

 1980年、ジョン・レノンの生は閉じられてしまった。40歳という早逝の人生だった。ロック音楽家には夭折や早逝が少なくない。彼らのパラレルワールドを「Imagine」することは、夢の中の夢のような行為かもしれないが、僕もある音楽家のパラレルワールドを想像した。

  You may say I'm a dreamer
  But I'm not the only one
  I hope someday you'll join us
  And the world will be as one



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