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2019年2月23日土曜日

シングル盤『Sugar!!』[志村正彦LN211]

 今日、2月23日は語呂合わせで富士山の日。山梨県人にほとんど浸透していなかったが、2013年の世界文化遺産登録後に話題に上がるようになった。冬の富士が綺麗な時期であるが、今年は例年より雪が少ない。富士北麓に雪があまり降らなかったのだ。甲府盆地にも雪はほとんど降らなかった。雨も少なかった。穏やかな日差しに恵まれて、例年より暖かい冬だった。あと一月もすれば桜の季節だ。

  『ルーティーン』が収録された『Sugar!!』シングルは、2009年4月8日に完全生産限定盤としてリリースされた。
 



 前回は「Billboard Japan」の記事を引用したが、ユニバーサルミュージック(発売時はEMIミュージックジャパン)の公式サイトでは、シングル『Sugar!!』がこのように紹介されている。

最高傑作アルバム『TEENAGER』以来、約1年2ヶ月ぶりの待望の新曲がついに完成!今回が初のコラボレーションとなった亀田誠治プロデュースによる表題曲「Sugar!!」は、紆余曲折を乗り越え、フジファブリックがフジファブリックとして改めてスタートラインに立つきっかけともなった初のメッセージソング。カップリングには、スウェーデンのバンドthe Merrymakersプロデュースにより初のスウェーデンレコーディングで制作した新曲「ルーティーン」を収録!!
Special LIVE DVDには、昨年5月31日に「TEENAGER FANCLUB TOUR」の追加公演としてVo.&G.志村正彦の生まれ故郷でもある山梨県富士吉田市の富士五湖文化センターにて行われた超貴重なライブより、Opening「大地讃頌」を含む4曲を収録!

 リリース直前の広報だろう。初のスウェーデンレコーディングの新曲は「ルーティーン」という題名が付されて紹介されている。表題曲「Sugar!!」が「紆余曲折を乗り越え、フジファブリックがフジファブリックとして改めてスタートラインに立つきっかけともなった初のメッセージソング」とされているところが特に注目される。

 タイトル曲『Sugar!!』には強力なタイアップがあり、3月に開催された「2009 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の「J SPORTS」による中継でテーマソングとして使用された。
 2008年5月31日の富士五湖文化センターLIVEの映像も付属DVDに収録された。これについて志村正彦は「志村日記2009.3.31」(『東京、音楽、ロックンロール』)で次のように語っている。

 シングル『Sugar!!』にはフジファブリックのライブDVDがついています。僕が果たした夢の会場の雰囲気が詰まっています。実はこのライブDVD映像を作品に入れようと発案をしたのは他の誰でもなく、僕です。スタッフはあんな神秘的な場を作品にしてしまってもいいのか。ろくに録音設備も入れず、なんの手も加えられない、生の生の音。それを作品にするなんて考えてもいなかったでしょう。僕に気を遣って。なんせ僕が生きてきた中で、一番恥ずかしくもある映像を作品にするのですから。
  僕は考えまして提案しました。
「その姿を恥ずかしがり、無難にさけて発表しないこと、全国の大多数の人がそれを見れないこと」
 それの方が恥ずかしいことであると思いました。
僕が生きていた中で一番嬉しかった瞬間。一番恥ずかしかった瞬間。破裂させてしまった瞬間。それが詰まってます。よろしければ皆さん是非手に取ってみてください。

 DVD収録作品は「 1. 山梨県富士吉田市立吉田中学校 平成七年度卒業記念(志村在籍)::大地讃頌 (Opening)  2. ペダル  3. TEENAGER  4. 茜色の夕日」。オープニングの「大地讃頌」、ライブ本編の最初の曲「ペダル」と最後の曲「TEENAGER」そしてアンコールの1曲目「茜色の夕日」が選ばれた。志村の「一番嬉しかった瞬間。一番恥ずかしかった瞬間。破裂させてしまった瞬間。」がまさに凝縮されている。このDVDの「発案をしたのは他の誰でもなく、僕です」という志村の言葉には、あのかけがえのない瞬間を作品に定着させ、公表することによって、一つの時代を振り返り、区切り直し、新しい方向へと歩み出そうとする決意が感じられる。

 このアルバムのジャケットには、イラストレーターのオオツカユキコさんの絵が使われている。富士山をモチーフとしているのだろうが、はっきりと示すものはない。白い雪の富士に「Sugar」を想わせるカラフルな飴玉が降ってくるようなイメージで、とてもポップで洒落ている。CDとDVDのレーベル面もやさしい白色でおおわれている。

 シングル『Sugar!!』はかなり力が入った作品だった。10,000枚の完全生産限定盤だったので、かつては中古盤がかなりの高値だったが、現在は入手しやすい価格で購入できる。僕にとって最も愛着のあるシングル盤となった。

 アルバム単位で音楽家の軌跡を語ることが多い。フジファブリックも例外ではない。でも、志村正彦の軌跡を概観するのであれば、むしろシングル単位で作品をたどる方がある確かな軌跡が見えてくる。
 シングルのA面、シングルのB面、それぞれの軌跡があるが、大きな波の流れとして合流してゆく。1枚目のシングルA面『桜の季節』から11枚目のシングルB面『ルーティーン』へという流れに、志村正彦の歌の軌跡が記しづけられている。


2019年2月18日月曜日

「02.タイトル未定」[志村正彦LN210]

 前回の『ルーティーン』論に補足したいことがある。
 「Billboard Japan」の「フジファブリック 待望のニューシングルリリース決定!」(2009年2月4日)の記事にこうある。


 先日、スウェーデンでバンド史上初の海外レコーディングを敢行していることがアナウンスされたフジファブリックですが、待望のニューシングル『Sugar!!』を4月8日にリリースすることが決定。そして、同曲の着うた(R)先行配信が2月4日よりスタートしたことが明らかになりました!
 約1年2か月ぶりの新曲となる今作は、プロデューサーに亀田誠治、ドラムスに東京事変の刃田綴色を迎えた意欲作。バンドが改めてスタートラインに立つきっかけとなったナンバーとのことで、今後のフジファブリックの方向性を占う1曲とも言えます。カップリングにはスウェーデンのバンド、ザ・メリーメーカーズのプロデュースのもと、現在ストックホルムにて制作中の音源を収録予定。更に付属されるDVDには、昨年5月に志村正彦(vo,g)の生まれ故郷・山梨県富士吉田市の富士五湖文化センターにて行われた【TEENAGER FANCLUB TOUR】追加公演から4曲を収録しています。なお、このシングルは完全生産限定盤となりますので、確実にゲットしたい方は早めに予約しておきましょう!

 ツアーの紹介の後、『Sugar!!』のCDとDVDの収録曲が次のように記されている。

◎シングル『Sugar!!』2009.04.08  RELEASE TOCT-40249 1,500円(tax in.)
CD収録曲:
01.Sugar!!
02.タイトル未定
DVD収録曲:
01.大地讃頌(Opening)
02.ペダル
03.TEENAGER
04.茜色の夕日

 CD収録曲の「02.」は「タイトル未定」とある。この記事と「Sugar!!」着うた(R)先行配信のスタートは2月4日。『ルーティーン』の収録は2月6日だから、確かにこの時点では全くの「タイトル未定」曲だったことになる。そうなると、このシングル『Sugar!!』の企画段階から、カップリングとなる曲はストックホルムで録音されることになっていたのだろう。志村は「日本でデモは作ってたんですけど、この曲だけ歌詞は向こうで書いたんです。向こうの空気を吸って書いてみると、新しい何かなるんじゃないかなって。」と述べていた。デモは用意していたが、何よりもストックホルムの空気がタイトルを含めた歌詞に対して働きかける作用について期待してたことになる。

 ここからは全くの推測だが、「02.タイトル未定」=『ルーティーン』がストックホルム録音の最後に設定されたのは、志村が意識的無意識的に、アルバム海外録音のルーティーンの日々を最後に歌おうとしたからだろう。 この『ルーティーン』はアルバム『CHRONICLE』には収録されていない。もともとカップリング曲・B面曲はほとんどアルバムには入っていないので既定の路線だったのだろうが、結果的に、『ルーティーン』は『CHRONICLE』録音のルーティーンの日々を振り返る歌にもなったのではないか。
 『CHRONICLE』は、志村正彦が自分自身の「CHRONICLE」「年代記」を探究したアルバムである。自らの年代記への旅。その最後に『ルーティーン』の歌詞が浮かんできた。おそらくかなり即興的ではあるが丁寧に、昨日、明日、明後日、明々後というように、想いを重ね合わせた。

 『CHRONICLE』の作品は志村正彦の内省と遡行の歌だ。時に繊細に時に激しく過去へと遡行し現在へと戻ってくる。「志村正彦による志村正彦」と位置づけられるアルバムだろう。 そのような『CHRONICLE』収録曲に対して、『ルーティーン』は未来に対して眼差しを向けている。『CHRONICLE』の余白に佇んでいるような目立たない歌かもしれないが、『ルーティーン』はそっと静かに現在から未来へと歩み始めている。

2019年2月6日水曜日

2009年2月6日『ルーティーン』の誕生[志村正彦LN209]

 十年前の今日、2009年2月6日、フジファブリックの『ルーティーン』がストックホルムで誕生した。ルーティーンの十年という時が流れたことになる。

 志村正彦は「ストックホルム”喜怒哀楽”映像日記」(『CHRONICLE』付属DVD)で、「最後にちょっとセンチメンタルな曲を一発録りでもう、多分歌も一緒にやるか、まあでもマイクの都合でできないかな、もうみんなで一斉にやって『終了』って感じにしたくて」と語り、「Recording『ルーティーン』2009/2/6」というテロップがある。志村のヴォーカルとギター、山内総一郎のギター、金澤ダイスケのアコーディオンの演奏も撮影されている。演奏後にヴォーカルを入れたようだが、どちらもおそらく「一発録り」だろう。志村の声と息づかいが生々しい。

 帰国後の4月8日、『ルーティーン』は完全生産限定シングル『Sugar!!』で表題曲のカップリングとして発表された。生前のアルバムには収められなかったが、完全生産限定BOXの『FAB BOX』(2010/06/30、復刻版2014/10/15)の『シングルB面集 2004-2009』に収録された。シングルもアルバムも完全生産限定でパッケージ作品としては入手困難であり、この歌の知名度は低い。関連情報も雑誌やネットなどいろいろと探してきたがなかなか見つからない。あきらめていたが、昨日、貴重なインタビューを見つけることができた。「OKMusic」という音楽サイトに掲載された記事で、主に『Sugar!!』について志村正彦と加藤慎一が語っている。掲載日は2009年3月20日、取材者は「ジャガー」とある。
 「さまざまな発見を経験したレコーディングで誕生したのが、2曲目の「ルーティーン」なんですよね。」という質問に対して志村はこう答えている。


日本でデモは作ってたんですけど、この曲だけ歌詞は向こうで書いたんです。向こうの空気を吸って書いてみると、新しい何かなるんじゃないかなって。でも、「ルーティーン」の曲名に連想されるように、どこにいても自分は変わらないというか、結局やることは一緒で、自分は自分なんだなってことに気付きました。そういうものが歌詞にも表れたんじゃないですかね。


 「ルーティーン」のデモは日本で作っていたが、歌詞はストックホルムで書いたという貴重な証言である。何となくそんな感じがしていたが、本人によって裏付けられた。『ルーティーン』の歌詞はスウェーデンのストックホルムで作られた。その事実がこの歌にどのような影響を与えているのか。

 志村は、「向こうの空気を吸って書いてみると、新しい何かなるんじゃないかなって。」と述べている。その後に「でも」とあり、「どこにいても自分は変わらない」と続いているが、そのような自己認識は別にして、ストックホルムという場で生まれたこの歌には何か根本的に新しいものがある。過去の志村作品のどれにも似ていない。

 一年半ほど前の夏の季節にストックホルムに出かけたことは以前このブログに書いた。2009年の1月から2月にかけて『CHRONICLE』の録音のために、フジファブリックの一行はセーデルマルム島の中心街のホテルに滞在していたようだ。このホテルから少し歩くとスルッセン(水門)があり、そこからはガムラ・スタン(旧市街)の美しい眺めが広がる。DVDにこの界隈を散策するシーンが入っている。
 夏のストックホルムには穏やかな風情があったが、彼らが経験した冬のストックホルムには厳しい気候ゆえの引き締まるような「空気」が漂っていたのかもしれない。


(スルッセンから眺めたガムラ・スタン  2017.8)



  日が沈み 朝が来て
  毎日が過ぎてゆく

  それはあっという間に
  一日がまた終わるよ

  折れちゃいそうな心だけど
  君からもらった心がある

  さみしいよ そんな事
  誰にでも 言えないよ

  見えない何かに
  押しつぶされそうになる

  折れちゃいそうな心だけど
  君からもらった心がある

  日が沈み 朝が来て
  昨日もね 明日も 明後日も 明々後日も ずっとね
   
      ( 『ルーティーン』 詞・曲:志村正彦 )


 雪と氷のストックホルムの街に触発されたかのように言葉を凝縮している。簡潔な表現によって、想いを重ね、祈りを深めていく。

 志村正彦の歌は新しい地平に歩み始めていた。

2019年2月4日月曜日

青柳拓監督『ひいくんのあるく町』

  一昨日、青柳拓監督の映画『ひいくんのあるく町』を見た。

 24歳の若き監督が日本映画大学の卒業制作で撮ったドキュメンタリー作品である。一年半ほど前に公開され地元の山梨で話題となったが、なかなか見る機会がなかった。この日は富田克也監督の『Furusato2009』とのカップリング上映会。富田監督は「山梨」という場をモチーフとする優れた作品『国道20号線』『サウダーヂ』で知られている。この機会を逃してはならないと会場の「へちま」へ出かけていった。「へちま」は甲府の中心街にある小さな複合文化施設。30人ほど入れる3階のホールで上映が始まった。




 『ひいくんのあるく町』冒頭シーン。
 カメラは小高い場所に構えてある。
 視野の下方には甲府盆地、遠く向こう側には高い山々がそびえ立つ。映画の舞台は、山梨県の「市川三郷町」という甲府盆地の一番南西にある町。この町名は三つの町が合併してできた名前なので、もともとこの地域を指す「市川大門」の方がしっくりする。この街には昔から和紙と花火という産業があり、賑わいや風情があったが、近年は過疎化が進みシャッター街が広がっている。
 僕の父母の故郷はこの町よりもさらに南に下った山間の地にあるので、幼い頃から親戚に会うために年に一二回にすぎないがこのあたりの道路を通っていた。だからこの町や周辺の山々の風景には馴染みがある。現在は中部横断道という高速道路ができて通過点になってしまったが、いつかまたこの町を通ってみよう。

 カメラは下方の町に降り立つ。
 通りを一人の男性が歩いている。この映画の主人公「ひいくん」だ。町を歩く彼の「まなざし」を監督の「まなざし」が追いかけていく。
 この映画について具体的に触れるのは控えたい。上映の機会は少ないのだろうが、公式HPの情報を参照して機会があればぜひ鑑賞していただきたい。ドキュメンタリー映画として極めて優れた、そして心を動かされる作品である。山梨のある町を舞台としているが、世界のどの場所にもつながっていく普遍的な映画である。

 上映後、監督の富田さん、青柳さん、『Furusato2009』主演の鷹野毅さん、「ひいくん」渡井秀彦さん、『ひいくんのあるく町』撮影者の山野目光政さんによるトークがあり、映画に深く関わるある奇跡のような物語が披露された。触れずにはいられない素晴らしい話なのだがここに記すことは控えたい。当事者や監督たちがどこかに書かれることを待ちたいと思う。

 一つだけ記しておきたいことがある。

 「ひいくん」がスクリーンに登場した瞬間、どこかで会ったことがある、という想いが去来した。もちろん現実に会ったのではないが(だろう、を加えなくてはならないかもしれないが)、記憶の中の断片が揺れて、彼の表情が浮かび上がってくるような不思議な感覚にとらわれた。どこか懐かしい。失われてしまっているようだが失われていない。そんな感覚と記憶だ。

 どうしてそう感じたのか。かつてはどの町にも彼に似た存在がいた。町を歩き人と語る。そのような光景が日常をなしていた。その存在が大切な何かを町という場に与えていた。理屈を付ければそう書くことができるかもしれないが、そのような理窟を超えて、この映画にはかけがえのないものがあふれていた。

 映画とは「まなざし」が「まなざし」に出会う物語である。かけがえのない「まなざし」は失われることがない。